「あれ?」
リナリーに教団内を案内されながら、アレンは視界の端に映った影に首を傾げた。
「どうしたの?」
「あの、リナリー。あの人もエクソシストですか?」
教団には似つかわしくない、淡い色彩の服装の少女を見ながら訊いたアレンに、リナリーは彼の視線を追ってから小さく笑った。
「ああ、あの人は違うわよ」
「じゃあ、サポートの人……」
「でもないわね」
アレンの言葉を遮ったリナリーは、彼に笑いかけると手をあげる。
「ー!」
いきなりリナリーがとった行動に、アレンの方が慌てた。
別に呼んでくれなんて言ってないじゃないですか、リナリー……!
「本人に訊いた方が早いわよ」
内心悲鳴を上げているアレンに気づいてか気づかないでか(9割方気づいてないと思われる)、リナリーは花がほころぶように笑った。
そうこうしている間にも、件の少女はどんどん近づいてくる。
「リナリー、その子誰?見ない顔だけど、新しい団員?」
リナリーと同じく、女性としてはやや身長が高いのに、何故か可愛らしい印象がぬぐえない。
彼女と同じ漆黒の髪が、小首を傾げる動作に従ってさらりと揺れた。
「ええ、アレン君よ。エクソシストなの」
「ふぅん……金色のゴーレムってことは、もしかしてクロス元帥のお弟子さんかな?」
いきなり視線を向けられて、アレンは訳もなくたじろいだ。
慌ててうなずきながら、ティムってそんなに有名なのかなあと傍らのティムキャンピーを見る。
「可愛い!ね、リナリー」
「うーん……確かに、普通の黒いゴーレムよりは可愛い……かしら」
喜々としてティムキャンピーと戯れていた少女は、急に我に返ったようにアレンの方を向いた。
「ごめんなさい!私、です。・。訳あってここにお世話になってます」
慌てたように左手を差し出されてそれに答えようとし、アレンがぴたりと動きを止める。
「……どうかしたの?アレン君」
奇妙な体制で固まったアレンに、リナリーが問いかけた。
「いや、あの……僕の左手……」
「あ、怪我してたりした?ごめんなさい、気づかなくて」
言いよどんだアレンに怪我をしているのかと思い、が慌てて手を引っ込めようとする。それにかぶりを振り、アレンはおそるおそる左手を彼女に見せた。
真っ赤な手を見た瞬間、の目が大きく見開かれる。
次に言われる言葉が怖くてぎゅっと目を瞑ったアレンの耳に、拍子抜けしたような声が聞こえた。
「……なんだ。この手、ひょっとしたらイノセンス?怪我してるとかじゃないんだね」
安心したように息を吐くと、はためらいもなくその手を握る。
「改めまして。私が言うのもなんだけど、ようこそ、教団へ。今日からここが君のホームだよ」
明るく笑いかけられて、アレンは緊張がほどけるのがわかった。
「下手なアクマよりもうさんくさい私だけど、仲良くしてくれると嬉しいな」
ほぐれた緊張そのままに、次の言葉でまた固まったが。
「……え?」
「うん、だからね?私ってば、かなりうさんくさい存在なんだよ。おいおいわかると思うけど……あ、神田!」
の顔が嬉しそうに輝いたが、その視線の先を追ったアレンは、思わず口元がひきつるのを感じた。
「神田、帰ってたんだね。怪我しなかった……わけないか、その包帯だと」
呆れたようにため息をついたの横で、アレンは先程の神田の態度を思い出してじりじりと後ずさりを開始する。
それに気づいたが、神田を横目で見てため息をついた。
「神田……あんた、また喧嘩売ったの?」
「うるせぇ」
「うるせぇじゃないでしょ!ごめんねアレン君、悪気がないとは口が裂けても言えないけど、神田は大抵誰にでもこんな態度だから気にしないで」
神田の背をぐいぐいと押しながら振り返ってそう言うと、はそのまま向こうに行ってしまった。
半ば呆然としながら見送っていたアレンに、リナリーがくすくすと笑いながら声をかける。
「おもしろい人でしょ?あんな風に話してるけどね、自身も昔は神田のこと怖がってたのよ」
「え!」
あんなに嬉しそうな顔をした彼女を見ているだけに、アレンはひどく驚く。
一体何があったら、怖がっていた相手にあんなに懐くようになるのだろうか。
「僕、てっきり二人はつきあってるんだと思いました……」
「勘違いする人多いんだけどね。は誰ともつきあってないわよ」
苦笑したリナリーは、アレンをうながして再び歩き出しながら小さく呟いた。
「はいつも待っている側だから、帰ってくる度に怪我だらけになってるエクソシストや探索部隊をいつも心配してるの」
何も持たない彼女には、ホームの家族が全てだから。
「だからみんな、帰ってきたらまずを探すのよ。ただいまって言うために」
一つの部屋の前で立ち止まると、リナリーはアレンに微笑んだ。
「アレン君も、任務から帰ってきたら、にただいまって言ってあげてね。きっと喜ぶから」
その表情は本当にを大事に思っていることがありありと感じられて、だからアレンは不思議に思う。
「は一体、何なんですか?」
エクソシストでもサポート部隊でもなく、なおかつこんなにここにとけこんでいる彼女は。
「……本人に訊くのが一番いいわ。一つだけ言えるのは」
多分確実に、は一生ここから一歩も出ずに過ごすこと。
密やかに告げられた言葉が信じられなくて、アレンは絶句した。
「そんな……それじゃまるで、」
「幽閉……でしょ?私も始めはそう思った。でも、のことを思うと、多分こうするのが一番いいのよ」
どこか諦めたように笑うリナリーは、本当は一緒に外に出かけたいのだと言っているように見える。
何かが歪んでいるのを感じた。
「そんなの……おかしいじゃないですか。だって、はただの女の子でしょう?」
怒りに震えそうになる声を押さえつけながらそう言ったアレンに、リナリーは寂しそうな目を向ける。
「ただの女の子よ。身体能力はね」
それ以上の質問を打ち切るように、リナリーが目の前のドアを開けた。
「ここがアレン君の部屋よ。食堂までの道はわかるよね?今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでね」
「あ……リナリー!」
慌ててアレンが声をかけても、リナリーは振り返ることなく歩いていった。
中途半端に持ち上げた手を持て余しながら、アレンがぽつりと呟く。
「……お風呂とか、まだ訊いてないことがあったのに……」
呆然とした言葉は、誰にも届かずにむなしく廊下に落ちた。
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