神田がいつものように食事をしていると、すとんと隣に座る影があった。
「おはよ、神田」
「……お前か」
挨拶を返さずに黙々と食事を続ける神田に小さく苦笑して、も別段とがめるでもなしに自分の朝食を食べ始める。
トレイの中身を見た神田は、いつも通りの量に舌打ちをした。
「それじや少ねえって何度言えばわかるんだ、この馬鹿が。もっと食え」
のプレートの上には、おひたしや佃煮が少し乗っているだけ。
どう考えても足りる量ではない。
「平気だってば。無理に食べると気持ち悪くなるんだから、かえってこのぐらいがちょうどいいんだよ。それに、神田こそちょっと足りないんじゃない?お蕎麦ばっかりだと栄養が偏るよ」
言うが早いか、ジェリーに(神田の分の)追加注文に走っていってしまったを見送り、神田はもう一度舌打ちをした。
「あの馬鹿が」
はいつも、自分のことそっちのけで相手のために動く。
それがわかっているからこそ、断れないのもまた重々承知していた。
「今朝は食う気がしねえんだっつうの」
いらいらしながら蕎麦を食べている神田の背後で、探索部隊が仲間を悼んで泣き出した。
始めは我慢していたものの、とうとう限界がきて毒を吐く。
「こっちの飯までまずくなるだろ」
吐き捨てるようにそう言い、つかみかかってきた男の首をつり上げた。
(めんどくせ……)
どうせこの様子を見たが、泣きそうになりながら止めるに決まっているのだ。
その様子が目に浮かぶだけに、神田は更に不機嫌になる。
「うわお、ネッキングハングツリー……じゃなくて!神田神田、やめないとバズさん死んじゃうよ!」
焼魚と伊達巻きをもらってほくほくと帰ってきたが、その惨状を見て慌てて駆け寄った。
それでもやめない神田に、は泣きそうになる。
「ストップ」
だから、アレンがそれを止めてくれた時には、本気で涙腺がゆるみそうになってしまった。
ぐしぐしと目をこすっていたら、いつの間にか今度はアレンと神田が一触即発になっている。
「って、ちょっと二人とも!ここはご飯を食べて元気になるところなんだから、喧嘩はやめ!」
今度こそ2人の頭を同時にはたき、はびしりとテーブルを指さした。
「さっさと食べる!残しちゃ駄目だよ!」
んもう、と怒りながら、いつの間にか食べ終わっていた自分のプレートを持って出ていくを、誰もが呆然と見送る。
「お、いたいた……って、どうしたんだ?」
入れ違いにやってきたリーバーがその光景を見て首を傾げたが、もちろん誰も答えられなかった。
「……って……」
もしかして、ここで一番強かったりして?
乾いた笑いと共に、アレンの中にそんな疑問が浮かんだ。
マテールへの任務が決まった二人がコムイの部屋を出ると、横から苦笑気味の声がかけられた。
「任務、行くんだってね」
まさか声をかけられると思っていなかったアレンは驚いて振り向いたが、神田は別段驚いた様子もなくそちらを見る。
「さん!」
「……今からこのまま直接向かう」
声をあげたアレンにひらひらと手を振ったは、神田の言葉に苦笑した。
「……そっか。わかった、気をつけてね」
そのまま離れていこうとするに、不意に神田が声をかける。
『』
振り向いた先には、この上なく不機嫌そうな神田の顔。
『逃げんなよ』
低く言われたその言葉に、遠い昔の記憶がよみがえった。
突然始まった異国語での会話にアレンが挙動不審になるが、とりあえず二人とも美しく無視する。
『必ず帰ってきてやる。あの人に会うまで、俺が死ぬか』
吐き捨てるように言った神田は、極めつけに舌打ちまでしてくださりやがった。
一瞬こめかみがひきつりそうになったが、すぐに神田なりの励ましだと気づいて泣きそうになる。
『……私、神田には怒られてばっかだね』
小さく呟けば、ふんと鼻を鳴らされた。
いつも通りの反応にほっとしながら、はアレンに笑顔を向ける。
「見送りに行ってもいいかな」
どこか遠慮がちに告げられた言葉に、アレンは一瞬きょとんとして、次の瞬間笑顔になった。
「ありがとうございます!」
誰かが見送ってくれる、それがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。
けれど、どうしてお礼を言われるのかがわからなかったは、きょとりと首を傾げる。
「……私、お礼を言われるようなことしたっけ」
「迷ってるとこを保護してやったんじゃねえのか」
馬鹿にしたように鼻で笑った神田の言いたいことを瞬時に理解し、が頬を赤く染めた。
「今は迷ったりしないわよ!」
「はっ、どうだかな」
放っておけばそのまま延々と続きそうな言い合いを止めたのは、部屋から出てきたコムイだった。
「何やってるの、早く準備して!汽車に乗り遅れるよ!」
ものすごい剣幕で怒られて、思わず3人で駆け足で逃げ出した。
逃げ出しながらふと気づいたは、器用にもスピードを緩めずにアレンに呼びかける。
「ねえ、アレンくーん」
「はい?」
「団服、まだもらってないよね?」
「……あ。」
団服と言われてクロスがいつも黒いコートを着ていたことを思い出したアレンが、ぎしりと表情を固まらせた。
そういえば、神田も似たもの着てるよな……。
っていうか、昨日どんな形がいいかとか訊かれた気が。
そんなアレンの様子を見て、が軽くため息をつく。
「私、コムイさんに言ってくるね。あの調子だと忘れてるかもしれないし」
くるりと方向転換をして戻っていったは、すぐにコムイを見つけて駆け寄った。
「コムイさーん、アレン君の団服ってどうなってます?」
「あ。」
リーバーとすったもんだやっていたコムイが、ぴしりと固まる。
それを見たは、ため息をつきながらリーバーを見た。
「……リーバーさん」
「ちゃんと作ってあるぞ。ほれ、そこだ」
わかっているというようにうなずいて、リーバーがひょいと後ろの方を指す。
69が団服をもってふよふよと浮いていた。
「ありがとうございます!ほら、コムイさんも行きますよ」
リーバーやジョニーに手を振って見送られながら、コムイをずるずると引きずって船着き場に向かう。
「お待たせ!はい、これ」
ぽつねんと岸辺に立って待っていたアレンに団服を手渡すと、アレンはいそいそとそれを着込む。
船の中では神田がいらいらした表情で貧乏揺すりをしそうな勢いだ。
「それじゃ、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます!」
ひらひらと手を振るを動き出した船の中から見ていたら、不意にリナリーの言葉を思い出した。
――は一生、ここから出ることはないのよ。
「――そんな……」
そんなことって、あっていいのだろうか。
握りしめた左手が、小さくきしんだ。
笑顔で手を振る彼女は、外の景色を窓越しにしか見たことがない。
この世界には、もっとたくさんの景色があるのに!
「――さん!」
叫んで、イノセンスを解放した。
自分の意志で出れないのならば、連れ出してしまえばいい。
水流に従って流されているこの状態では、どうせ誰にも止められることなどないのだから。
これから向かう先や目的などは綺麗さっぱり忘れ果て、アレンは感情のまかせるままに左手を伸ばした。
とっさのことに反応できないでいる周囲を尻目に、やはり立ちすくんでいたをかっ攫って船に乗せる。
「!」
我に返ったコムイが叫んだ時には、すでに船は小さくなっていた。
|