誰もが呆然とする中、一番初めに我に返ったのは神田だった。
「……っ、モヤシてめぇ!」
「……どうしよう、外に出ちゃう……」
今にもつかみかかりそうな神田の横で、が青くなりながら呟く。
神田が怒るのはともかく、何故まで真っ青になるのかが理解できず、アレンは首を傾げた。
「どうしてさんまで慌てるんですか?」
訊いた途端に神田に射殺しそうな目でぎらりと睨まれたが、内心びびるだけで反応はしないでおく。
「うーん……私がうさんくさい事情持ちだってのは、前に言ったよね?」
難しい顔で確かめるようにそう言うと、はアレンがうなずくのを見てから爆弾発言をぶっ放した。
「どうやら私、すっごい大事なイノセンスに関係してるみたいなんだよねぇ」
「……はい?」
思わず間抜けな声を上げてしまったアレンを笑うこともなく、はかりかりと頭をかく。
「や、あのさ、109のイノセンスがあるってのは、コムイさんから聞いてると思うんだけど、その中にすごく大事なイノセンスがあるらしいんだよね。で、私がそれに関係してるらしいの」
けろりと重要らしいことを言うと、は小さく苦笑した。
「だから私、教団に保護してもらってるんだ」
エクソシストってわけでもないしねー。
そんな会話をしていると、神田が怒りを押し殺した声をあげた。
「おいこらモヤシ……どうするつもりだ」
「どうって……連れていくに決まってるじゃないですか。一生閉じこめるなんて、そんなのあんまりですよ」
神田の物言いにむっとしながらも、アレンも負けじと言い返す。
そんな二人は放置して(実は結構したたかかもしれない)トマがため息をついた。
「ここまで来てしまっては、もう教団に引き返すことはできません……」
「だね。トマさん、結界装置持ってる?」
も諦めたようにため息をつくと、気を取り直したようにトマを見る。
「ひとつならば」
「そっか……じゃあ、早めに向こうの探索部隊の人たちと合流しなきゃね。結界装置を貸してもらわなきゃ」
難しい顔で呟いたに、神田が訝しげな顔をした。
「何をするつもりだ?」
「んー?結界装置ごと、私に結界張ろうと思って。それなら安全でしょ?」
神田にも(ついでにアレンにも)わかるように言葉を付け足し、はにっこりと笑う。
それを聞いた神田も、納得したようにうなずく。
どうしてそこまでしなければならないのか、アレンにはさっぱりわからなかった。
「とりあえずは」
おとなしくしていたトマが、出口の見えてきた水路を示す。
「汽車に乗り遅れないよう、お急ぎください」
「いやあああああぁぁぁっ!!」
「うるせえ!」
今にも死にそうな叫び声をあげるを、神田が怒鳴りつける。
ついでに暴れようとする身体も押さえつけた。
「だって、だって、こんなの人間がする事じゃないよ!」
「俺達はいつもこうだ!」
ものすごい勢いでひょんひょんと流れていく景色。
念のために言うならば、乗り物に乗っているわけではない。
神田達は自分の足で走っているのだ。
ついでに言うなら、ここは上空10m以上。建物の屋上を爆走中。
そんな環境で、腕一本で神田の肩に担がれているは、そりゃあもう死にそうになっていた。
「無理無理無理!お願いだからもっと安全運転して!」
半ば悲鳴がかった声で叫んでも、もちろん神田が速度をゆるめるはずがない。
「お前の感覚に合わせてたら乗り遅れるだろうが!」
青を通り越して白くなっているの顔を気の毒そうにちらりと見て、トマはそれでも任務に忠実だった。
「お急ぎください、列車がまいりました」
「トマさんの馬鹿あぁぁ!」
ようやく止まったと思ったら、そこは足の幅ほどしかない鉄の足場だ。
ほぅと吐きそうになった息をひきつらせる。
「か……かんだ、無理、怖すぎ」
「あ?こんなんで怖がってんじゃねえよ」
かたかたと震えるをしっかりとホールドしなおして、神田は舌打ちをしながら眼下を見下ろした。
高速で通り過ぎようとする列車を。
それを見てどうしてこの場所で止まったのか何となく見当がついたは、横のアレンと一緒に顔をひきつらせる。
「でええっ!?これに乗るんですか!」
「ひぃっ!」
色気もくそもない悲鳴を上げるを美しく無視して、トマがこくりとうなずいた。
「もちろんでございます」
「ちょっとトマさん、そんな冷静に言わないきゃあぁああぁぁっ!」
震える声でそれでも突っ込もうとしたの試みは、全く無意味だった。
「うるせェ」
ぼそりと呟いた神田にも、文句を言うことすらできない。
「飛び降り乗車……」
「いつものことでございます」
呆然と呟いたアレンの言葉と、至極あっさりと答えたトマの声を遠くに聞きながら、はゆっくりと意識を手放した。
「おい?」
それに気づいた神田が乱暴に肩から降ろすが、それでもは目を覚まさない。
「……っち」
小さく(でもないが)舌打ちをして、神田はの身体をアレンに投げ渡す。
「どわぁっ!?」
いきなり放られたアレンは、受け止め損ねて危うく汽車から落ちそうになった。
「な……何するんですか、神田!」
「重い。お前が持て」
心臓ばっくばくで叫んだアレンにかなり失礼なことをさらりと言うと、神田はトマに続いて列車の中に飛び降りる。
片腕でを抱きかかえながらどうにかアレンが中に降りると、物音を聞きつけたボーイが慌ててやってきた。
「困ります、お客様!こちらは上級車両でございまして、一般のお客様は二等車両の方に……てゆうか、そんな所から……」
「黒の教団です。一室用意してください」
くどくどと言いつのろうとするボーイを遮って、トマが短くそう告げる。
途端に顔色を変えて走り去ったボーイを見ながらアレンが尋ねると、アレン達エクソシストの戴くローズクロスはバチカンの名において、あらゆる場所への入場が認められているのだと説明された。
バチカンの名においてって……ローズクロスなんて、普通の人は知らないんじゃないのかなあ……。
ていうか、キリスト教じゃないところだとどうなるんだろう?
禁句とでも言うべき根本的な疑問を抱いたアレンだったが、賢明にもそれは口には出さないでおいた。
が目を覚ますまで、あと10分。
|