この上なく嫌そうに任務の説明をする神田の話を右から左に聞き流しながら、は窓の外を流れていく景色をひたすら眺める。


「おもしろいですか?」


それに気づいたアレンが声をかけると、がぱっと笑顔になった。


「ええ!外に出るのなんて、何年振りだろ」


その心底嬉しそうな表情に、やはり無理矢理とはいえ連れ出して正解だったと、アレンは微笑む。


「ね、アレン君。アレン君はどこから来たの?私も神田も日本だけど、アレン君はイギリス人だよね?」


故郷の話をしてほしいと頼むに、アレンは小さく苦笑した。


「僕は師匠と一緒にあちこち放浪してましたから……どこが故郷っていう感覚は、あんまりないんですよね」


マナとの思い出ならたくさんある。
それを話すのは別に構わないけれど、そうなればほぼ確実にマナをアクマにしたことを話さなければならなくなるだろう。
そして、それを話せば絶対に、が泣きそうになるのが目に見えていた。

だから、その代わりに色々な土地のことを話してみせた。


「東の方にも行ったんですよ。師匠の放浪癖は半端じゃありませんでしたから」


インドから教団までの一人旅を話してみせると、が目を輝かせる。


「すごいね!そんな習慣があるんだ」


エクソシストならばいくらでも海外への任務もあるが、にはもちろんそんな経験があるはずもない。
アレンの口から紡がれる言葉は、遠いおとぎ話のようだった。



さん、少し列車の中を見てきたらどうですか?いろんな人がいておもしろいですよ」
「ほんと!?――あ、でも……」


うなずきかけたは、しかし神田の視線に気づいて語尾をにごらせる。
気まずそうに目を伏せて、歯切れの悪い口調でごめんと呟いた。


「せっかく言ってくれたけどさ、やっぱりむやみに出歩くのはよくないや。伯爵がいなくなったらいろいろ見て回るよ、うん」


申し訳なさそうに微笑みかけるの目は、確かに出かけたいと言っていた。
それに気づいたアレンは、じとりと神田を見る。


「神田、さんと一緒に中を見てきます」
「あ?」


ぎろりと睨みつける神田にひるまず、アレンも強い口調で言いつのった。


さんを一人で歩かせるのが駄目なら、僕がついていきます。それなら文句はないでしょう?」
「は?何言ってんだ、お前」


馬鹿じゃねえのかと言いたげな目をした神田は、遠慮なく鼻を鳴らす。


「こいつが外に出れるわけないだろ」
「そうやって決めつけること自体が、さんの選択を狭めてるんですよ」


ばちばちと火花を散らす2人をよそに、はもう気にしていないように上機嫌で窓の外を眺めている。


「ねえ、アレン君。あれって何て言うの?」


とりあえずこの険悪な空気をどうにかしようと思ったのか、がアレンに(一見)無邪気に問いかけた。
訊かれたアレンはすぐさま睨み合いをやめ、窓辺に近寄る。


「ああ、あれは風車ですよ。あれで小麦粉をひいたりするんです」
「へえ!」


すごいとはしゃぐに笑いかけ、アレンは再び神田にじとりとした視線をむけた。
それに気づいたが、苦笑しながらアレンの服の袖を引っ張る。


「いいよ、アレン君。私が簡単に外に出れないのは仕方ないんだから」
「でも……!」
「いいの。早く平和になればいいんだから」


にっこりと笑ったは、純粋というよりはほのかに黒いオーラを放っていて、何故か無言の圧力を感じた。


、お前それ暗に脅してるだろ」


蛇に睨まれた蛙状態になったアレンを見ながら、頬杖をついた神田が呆れたように突っ込む。


「もちろん。早く伯爵を倒してね?祈るぐらいはできるから」


特に動じた様子もなく笑ってうなずくは、やはり人生の大半を教団(と書いて魔物の巣窟と読む)で過ごしてきただけのことはあった。
口の端がひきつるアレンとは対照的に、もはや慣れてしまった神田はただため息をつく。


「……もうすぐマテールに着く。じきに無線の通信範囲内に入るぞ」


その言葉を聞いて、も真顔になった。


「早めに探索部隊のみんなと連絡とらなきゃね。結界装置、余ってればいいけど…」


不安そうな表情で呟いたに、ドアの外からトマが声をかける。


「大丈夫でございます。結界装置は予備のものも含めて多めに持っていっておりますから、殿にお貸しするぐらいのものはあるでしょう」
「でもさ、今回はアクマの数が多めなんじゃなかったっけ?」
「はい」
「駄目じゃん!」


反射的に突っ込んでから、これでは漫才だと気づいたは頭を抱える。
現に神田は呆れたような目でを見ていた。


「こんなはずじゃなかったのに……!何でいつの間に突っ込みキャラになってるの私……!」
「馬鹿だろ、お前」
「神田に言われたくない!」


ぼそりと指摘した神田にがうと噛みつき、はがくりとうなだれる。


「もうほんと、早くマテールに着いて……」


力のない声で紡がれた言葉は、心底からの切なる願いだった。