「無線が通じない……?」
「ああ。まずいことになってるかもな」


戸惑ったようなトマの報告に、アレンが顔を曇らせる。
その横で眉をしかめながら、神田は六幻のメンテナンスを始めた。

改めてみる他人のイノセンスに興味津々なアレンに苦笑し、がトマに声をかける。


「トマさん、駅からマテールまでどれくらい?」
「5分もあれば着ける距離でございます」


「……あのスピードで?」
「はい」


トマの返事を聞くなり、はがっしとアレンの手を握りしめた。


「アレン君」
「はい?」


「お願い、マテールまで私を担いでって」


この上なく真剣な目で言われたどうしようもない頼み事に、アレンは思わず目を点にする。


「……はい?」
「お願いお願い、もう神田に担がれるの嫌!勘弁!!あんな怖い思い、1回経験すれば充分だよ!絶対アレン君の方が紳士的だもん、おとなしくしてるから連れてって!」
「てめぇ……俺が乱暴だってか?」
「自覚ないの?だったら余計たち悪いよ、神田」


ブチ切れそうな神田にむかって平然とそう言ってしまうを、アレンが心底尊敬の目で見た。


「わかりました、さん!僕がマテールまでしっかり連れてきます!」


目をきらきらと輝かせて宣言したアレンに、も目を潤ませる。


「ありがとう、アレン君……!これで私の身の安全は保障されたよ……」
「阿呆くせぇ……」


呆れ果てた目でぼそりと呟いた神田は、2人仲良く無視をした。












マテールに近づくにつれて、空気がどんどん重くなっていく。
それを肌で感じたは、初めての経験に小さく震えた。


「大丈夫ですか?」


の予想通りに、いたって紳士的に細心の注意を払って運んでいたアレンが、彼女の震えに敏感に気づいて声をかける。


「アレン君、なんか、嫌な感じがするんだけど……」


おそるおそる訊いたに答えたわけではないだろうが(答えてくれるほど親切ではないことは充分すぎるほどにわかっている)、神田が小さく舌打ちした。


「全滅したか」


さも当たり前のように言う神田にむかって、はぎょっとする。


「神田、そんな落ち着いて言うようなセリフじゃないよ!」
「うるせぇ、これぐらいで慌ててどうすんだよ。アクマと戦ってりゃ、いつ死んでもおかしくねぇだろ」
「でも」
「なにもわからない奴が知った口きくんじゃねえ」


なおも言いつのろうとしたはしかし、神田にぴしゃりと言われて黙り込んだ。


今まで本部で待つばかりだったには、アクマと戦うことの危険さは想像するしかない。
1度だけアクマに襲われたこともあるが、その時はあの人があっさりと助けてくれた。


(ディア姉様……)


どこにいるのだろう。無事にいるのだろうか。
心臓を鷲掴みにされた気がした。

唇を噛みしめたその時、眼下で派手な爆発音が起こる。
何事かと下を向いた、その先には。


「アクマ……っ!」


ボール型のアクマと、それらを指揮しているようなピエロ型のアクマがいた。


「神田、あのピエロって……」
「レベル2だ。成長してやがったか、やっかいな……」


進化したアクマは、固有の能力を持っている。
レベル1しかいないと思って安心していたは、神田の言葉に喉をひきつらせた。


「……結界装置で、大丈夫かな……」
「無理かもな」


舌打ちをした神田は、そのままじっと動かない。
それどころか、アレンにむかってきつい言葉を投げかける。

どうして助けに行かないのかとがじりじりしだした時、同じようにしていたアレンが飛び出した。


「アレン君!」


思わず声をあげたは、しかしどうしてそんなことをしたのか、自分でもわからなかった。
伸ばしかけた手をそっと引き戻して、今にも彼を射殺しそうな目をしている神田の横で息をひそめる。


「あの馬鹿」


忌々しげに呟くと、神田が六幻に手を伸ばした。
そのままイノセンスを解放すると、はらはらとアレンを見つめているを見下ろす。



「何?」


「お前も来い」


言うが早いか、を担いで地面を蹴った。




「きゃあぁぁぁああぁあっ!!」




またもやあがる死にそうな悲鳴に、アクマもアレンも上を見る。
(ある意味)全員の注目を浴びながら、神田が六幻を振るった。


「六幻、災厄招来」
「災厄招いてどうすんの、招くんなら幸福招きなさいよ!あんた神の使いでしょ!?」


真っ青になりながらも神田のイノセンスにわざわざ突っ込むあたり、は結構環境に順応しているのかもしれない。
の突っ込みを無視して、六幻の軌跡から異界のモノがほとばしった。


「これが……一幻?」


話だけは聞いたことのあったがぽつりと呟いたが、爆発音にかき消される。
それに伴って起きた爆風に目を瞑っている間に、神田は地面に降り立って探索部隊に話しかけた。


「おい、結界装置の解除コードは何だ?」


神田は平然と倒れている探索部隊に話しかけたが、は彼の惨状を見て小さく悲鳴をあげる。


「ヨセフさん!」


自身から流れ出した血がしみこんだ地面に倒れ伏す彼からは、明らかに死相がうかがえた。


さん……どうして、ここに……いや、それ、よりも……き、来てくれたのか……エクソシスト……」
「早く教えろ」


安心したように弱々しく笑ったヨセフに構わず、神田はせかすように繰り返す。


「早く答えろ。お前達の死を無駄にしたくないならな」
「神田、そんなことより早くヨセフさんを――」


助けてと神田の腕を引いたに、神田は冷たい目をむけた。


「助けてどうなる?どうせこいつは助からない。、お前の自己満足だけで動こうとするな。俺達の任務はイノセンスの回収、それが最優先だ」


冷水を浴びせられたような気が、した。


イノセンスの回収、たったそれだけの言葉が、こんなに重いものだとは思わなかった。
目の前で消えそうな命よりも、イノセンスは大切なものだというのか?


「ヨセフさん……」


「は……Have a hope……"希望を……持て"、だ……!」


最後の力を振り絞るようにしてそれだけを言うと、ヨセフはそれきり動かなくなった。


「ヨセフさん……?」


嫌だ。


「ねえ、ヨセフさん」


命の灯火が消える瞬間なんて。


「起きてよ、アクマがきちゃうよ……!」


お願いだから。


「ヨセフさん!!」


泣きながらヨセフを揺さぶるの腕を、神田がぐいと引っ張った。


「わめくな!行くぞ、つかまれ」


いつの間にか神田は人形達を抱えていて、少女がその背中にしがみつくようにしている。

空いた右手でを抱え、神田は大きく跳躍した。
その腕から逃れようと、はがむしゃらに暴れる。


「やだ、神田!神田!!ヨセフさんが――」
「あれは死んだ!!いつまでも引きずるな!」


押さえつけて一喝され、は暴れるのをやめた。
ただ嗚咽をもらすだけのを、少女が心配そうな瞳で見つめていた。