記憶に残っているのは、ゆらゆらと揺らめくオレンジ色の炎。
それに、怖い人達。

太ったおじさん、やせたおじさん、爪の長い女の人。
真っ赤な唇のおばさん。


暑い、暑い、暑い。
寒い、寒い、寒い。


いつの間にか暑くなって、いつの間にか寒くなって。
いつでも同じ服に毛布が一枚。
寒い時は震えが止まらなくて、全然眠れない時もあった。


怖い人達は時々私のいるところにやってきては、「珍しい」って言い合って笑って帰っていく。
思いっきり髪の毛を引っ張られることもあったけれど、いつもは「汚い」って遠くから見られるだけ。

でも、その目がとても怖い。
見られるだけでぞわっとして、ずっと見られていると叫び出したくなるくらい震えが止まらなくなる。


うつむいてぎゅうと身体をちぢこめると、髪の毛がばらりと身体を覆った。
座ると床につくくらいに長くなった髪の毛は、寒い時には少しだけ役に立つ。
髪の毛で身体を包んで、その上から毛布をかぶると、少しだけ寒さがなくなったから。


でも、お腹が空いた時には、ちっとも役に立たないけれど。


ずっとご飯をもらえないことなんてしょっちゅうあったから、せめてお水はなくならないようにって、部屋の隅の水瓶から大事に大事に飲んだ。
それでもなくなった時は、しょうがないから丸まって寝るように頑張った。

喉がからからで、お腹も空っぽでずきずき痛くて、それでも寝てしまえばそんなことはわからない。
そんな時には時々目がかすんですこんと記憶がなくなることがあって、いつも食事だって蹴って起こしてもらっていた。

ご飯はいつも冷たくてぐちゃぐちゃだったけれど、ぺこぺこのお腹にはごちそう。
お皿までちゃんとなめて、食べ終わったら入口の横に置いておく。


おいしかった、次はいつ食べられるのかな。
お水なくなっちゃってるけど、次はいつもらえるのかな。


うつらうつらしながらそんなことを考えていたら、やっぱりいつの間にか記憶がなくなっていた。












けれど今日は、蹴られなくても起きられた。


   変な臭いが、する。


錆びてしまったドアのような、それがもっと強くなったような、吐きたくなるくらいの臭い。
ドアの向こうから臭ってくるそれに、一番遠い隅っこまで行ってぎゅうとちぢこまった。


吐いちゃ駄目、吐いちゃ駄目、もったいない。
まだ残っているかもしれないご飯を出しちゃうなんて、もったいない。


我慢して我慢して、どれくらい経っただろう。
いつもよりも静かにドアが開いて、誰かが入ってきた。
今までよりももっと強くなる臭いと、何をされるんだろうという怖さで、もっと強くちぢこまる。


かつん、かつん、かつ。
ぱた、ぱたた。


靴の音と小さな水音は、すぐに止まった。


水?
お水、もらえるのかな?


ちょっとだけ期待してそろりと顔を上げると、光が立っていた。


銀色、きらきら、綺麗。

でも、お水は持っていない。
それなら、今の水音は何だったんだろう。


少しだけ首を傾げて様子をうかがうと、いつもとはちょっと違う雰囲気の声が聞こえた。




「……子供?何故   




子供   こども?

私は子供といういきものなんだろうか。
人だと思っていたけれど、違ったんだろうか。

今日は何をされるのかと震えながら見ていると、光はゆっくりとこちらに歩いてきた。


怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


髪の毛を引っ張るの?
ぶつの?
蹴られるの?
手に持っているその長いもので、私を叩くの?


逃げたくても、もうこれ以上どこにも行けない。
ぶるぶると震えながらその時を待っていたら、光は正面でぴたりと止まった。


「お前」


声をかけられた。
ということは、反応しろと言われているんだ。
そろそろと顔を上げると、光は小さく顔をしかめた。


私が気に入らなかったみたい。
だけどそういえば、光は他の人みたいに「珍しい」って言わない。
「気持ち悪い」って言わない。

どうしてだろう。


銀色の髪がさらさらと動くのを見ながら考えるけれど、やっぱりどうしてかはわからなかった。


ああ、でも、この髪の毛は綺麗。
銀色の光。




「、れ   




綺麗、綺麗、綺麗。

触っても怒られないだろうか。
ぶたれないだろうか。

手を伸ばしていいか迷っていたら、光が長い棒を何かにしまった。
棒も銀色で綺麗だったから、少しだけ残念だ。
じっと棒を見ていたら、また光に声をかけられた。


   何故、ここにいる?」


何故。
どうして。


そういえば、私はどうしてここにいるんだろう。


その前は鉄臭いところにいた気もするし、痛い思いをした気もした。
何かに入れられてここにきた気もする。
記憶がぼんやりとして、よくわからない。


首を傾げて考えていると、光はぐるりと部屋の中を見回した。


   殺す必要はなさそうだな」


小さく呟いた言葉が聞きとれなくてさらに首を傾げると、気にしなくていいと手を振られる。


「来るか?ここにはもう、生きている人間はいない」


いない、誰もいない。
ということは、もうご飯もお水ももらえない。

もう私、いらないのかな。
置いていかれたのかな。

なら、ご飯があるところに行かなきゃ。


行く、とうなずくと、光が手を伸ばしてきた。


   やっぱり、うなずいちゃいけなかったんだ!
悪い答えを返したから、ぶたれちゃうんだ!


固く目を瞑って我慢しようとしたら、痛みの代わりに脇の下に腕が差し入れられた。
そのまま持ち上げられて、光はドアに向かって歩いていく。


「目を閉じていろ」


光からはあの吐きそうな臭いが強くして、けれどとても温かかった。
寒くて感覚がなくなっていた身体にじんわりと熱が伝わってきて、言われた通りに目を閉じる。


あったかい。あったかい。


無意識にすりよって、そうしたらいつの間にか意識がなくなっていた。