口を開けると、木でできたスプーンが入れられる。
柔らかくて温かいオートミールは、じんわりと甘くてとてもおいしい。


「熱くない?」


顔を覗きこんで聞いてくれるエリスにうなずくと、ほっとしたように微笑んだ。

エリスは綺麗。
光ほどじゃないけど、綺麗。
ふわふわの金色に触っても怒らなかったから、好き。


「ずいぶんふっくらしてきたわね。髪にも艶が戻ってきたし」
   、ぅ?」
「ええ。紅くて綺麗な髪よ」


あの日、私にいくつか質問をした光は、ちゃんとしゃべれるのだと、今はできなくなっているだけだと、ちゃんとわかってくれた。
無理はしなくていいよとエリスも言ってくれたし、こうやっていればそのうちしゃべれるようになるんだとか。


「食べ終わったらお風呂に入りましょうね」
「ぁ、た?」
「1日1回は入らなきゃ」


もう夜よ、と見せられた窓の外は、真っ暗な中にきらきら何かが光っている。

これが夜。夜は寝る時。
寝る前には、お風呂に入る?


エリスは色々なことを教えてくれる。
けれど、当たり前のように言うから、よく考えないとわからない。


どうしてこんなにお部屋が明るいのか、どうして外は明るかったり暗かったりするのか。
上についているものを動かすだけで、どうしてあの細いものから水が出るのか。
どうして私に、こんなに優しくしてくれるのか。


腕を見ると随分太くなっていて、今までこんなに太くなったのを見たことがないから驚いてしまった。
肉がついて、丸くなって、そうしたら私はどうなるんだろう。


   売られてしまうんだろうか。


もしそうでも、エリスや光に売られるなら、それでもいいかと思った。
私は何も返すものがないから、私を売ってお金がもらえるなら、それでいい。


お風呂につかりながらたくさんマッサージをされて、ほかほかの身体であちこちを伸ばすような格好をさせられる。
ストレッチというらしいけれど、どうしてこれをするのかは教えてもらえなかった。


「寒くない?」
「ん」
「寒かったら言ってね、羽織るものを持ってくるから」
「へ、き」


毎日お風呂に入るから、身体はいつもほかほか。
ふわふわのベッドにもやっと慣れて、絨毯の上で寝て怒られることもなくなってきた。
そんな時のエリスは泣きそうな顔で怒るから、どうして怒るのと訊くこともできない。


どうしてエリスはあんな顔をするんだろう。
私が絨毯で寝ると、エリスは光(サー?)に怒られるんだろうか。
だとしたら、もう絨毯では寝ないようにしなければ。


気をつけようと手を握りしめると、エリスに慌てて開かされる。


「駄目よ!傷がついちゃうでしょ?今日はこれからサーもいらっしゃるから、いい子で待ってましょうね」
「さー?」
「そう、サー。あなたをここに連れてきた方よ」


この間もお会いしたでしょう?と言われて、黙ってやってきて黙って帰ってしまった光を思い出した。

今日は何をしに来るんだろうか。
この間は怒っている様子はなかったけれど、やっぱり出て行けと言われたらどうしよう。

そわそわしながら待っていると、エリスに温かい目で見られた。


ここに来てから、嫌な目で見られることがなくなっている。
エリスだって光だって、もう一人のロイドだって、私に痛いことをしない。
それはとても嬉しいけれど、何だか少しそわそわする。

だって私、そんなによくしてもらうほどのものではないから。


「入るぞ」
「サー!お待ちしておりました」


光の声に、エリスがぴしりと姿勢をよくした。
ゆっくり入ってきた光は、エリスに小さくうなずいて私の方に近づいてくる。


「……元気だったか」
「ん」


表情がない顔で訊かれて、少し緊張しながらうなずいた。


嫌わないで。怒らないで。ぶたないで。
いろんな思いがごちゃごちゃになったけれど、光が「そうか」と頭をなでてくれて、いつの間にか固くなっていた身体の力を抜いた。


同時に、目の前をさらさらと流れる銀色に、目が釘付けになってしまう。


綺麗。綺麗。綺麗。
触りたい、触りたい、触ってもいいかな。
触っても光、怒らないかな。


そろそろと手を伸ばしながら見上げても、光が怒る様子はない。
思い切って銀色に触ると、光はぴくりと身体を揺らした。
けれど、嫌がっているようには見えなかったから、そっと握って顔をつける。


ああ、やっぱり綺麗。


「き、れ   
   綺麗?」


嘘を言うなとばかりに繰り返されて、嘘じゃないとうなずく。


「、れい」


綺麗。綺麗。
私の変な色の髪の毛よりも、ずっと綺麗。


きらきらと光る銀色をなでたり握ったりしていたら、小さくため息をついた光に抱き上げられた。
銀色のてっぺんが、私よりも下に見える。
思わずじっと見てしまっていたら、ふと顔を上げた光と目が合った。


「お前の、名前だが」
「なま   ?」
「名前だ。お前の名前は   


エリス、ロイド、光。
私にも、そんなものがもらえるんだろうか。


「サラマンドラだ」
「さら……?」


それが、私の名前?
長くて難しくて、よく覚えられない。


「炎の精霊ですね」
「これにはちょうどいいだろう」
「ええ、本当に。紅い髪がよく映える、いい名前」


よくわからないけれど、エリスも嬉しそうだし、光も満足そう。
2人がいいなら、私も嬉しい。


「さら、ま……?」


私の名前、何だっけ。
せっかく光がくれたのだもの、忘れたくない。


けれど、一度聞いただけでは、やっぱり覚えられなかった。
泣きたくなりながら思い出そうとしていると、光が私を下におろしてうなずく。


「サラ、でいいだろう。お前もそれなら覚えられるな?」
「サラ?」
「愛称   親しみをこめて呼ぶ名前よ、サラマンドラ」


サラ、サラ。
それなら大丈夫、忘れたりしない。


「あり、と」


嬉しくて笑うと、光もエリスも嬉しそうに笑ってくれた。