私の精一杯の告白に、日向が言葉を返してくれることはなかった。
けれどその日から、私に対する態度が、より一層丁寧というか何というか……。
大事にされてるなあと思うことが多くなった。
たったそれだけのことが嬉しくて、今はこのままでいいかと思ってしまう。


そんな平和な、私達の日常が崩れ去ったのは、あまりにも突然だった。


いつものように日向が外から帰ってきて、捌いてきてくれたお肉で料理をしようとしていた、その時。


「やあっと見つけたよ。やれやれ、さすがの俺様も骨が折れたっての」
「無駄口を叩くな、猿飛。   ようやく見つけたぞ、風魔小太郎」


軽い口調の、けれど鋭い雰囲気の男の人と、外人のように綺麗だけれど、とても冷たい表情の女の人。


「北条から消えたと思ったら、まさかこんなところにいるとはね。俺様予想外」


軽く肩をすくめた男の人は、音もなく刃物を構えた。
背筋がぞわりと泡立つ。

あの刃物、見たことない。
少なくとも、日常生活を送る上では、見る必要もその可能性もないはずのものだ。
だって、あれ   苦無、とかいうもののはず。
そんなもの、テレビでしか見たことない。


「覚悟しな   風魔小太郎」


ふうまこたろう?
それが日向の名前なの?

怖くて怖くて仕方がなくて、日向の腕をぎゅうと握りしめる。
日向は大丈夫だというように微笑んでくれたけれど、怖さが消えたわけではなかった。
かちかちと鳴る歯を必死で食いしばっていたら、日向がそっと頭をなでてくれる。
それを見ていた男の人が、ぴゅうと口笛を吹く。


「女に匿われてたってわけか。なかなかやるじゃん」
「盲点だったな」


女も生かしてはおけないか、と女の人が冷ややかに呟く。
それにびくりと肩が跳ねるのが、自分でもわかった。


「ひ……ひなた……」


声が震える。
指先が震える。

私、殺されてしまうんだろうか。

日向の袖にしわができる。
きっと後で、跡が残るだろう。
けれど、私はその跡を見ることができるんだろうか。


怯えが伝わったのか、日向が私をかばうように、じりと前に出た。
けれどそれは、その分日向が危険になるということで。


「やっ……やだっ、日向……っ!!」


必死にすがりついても、日向は振り向いて大丈夫だと微笑むばかり。


「大丈夫じゃないよ、危ないよ!嫌だよ!」


恐怖と日向への心配で、涙があふれてきた。
頬を流れる涙を指で拭って、日向はもう一度大丈夫だとうなずく。
そして、そっと奥の方へと押しやられる。

無言で構えた日向の手にも、苦無。


「日向……」


震える言葉が引き金だった。


ひっきりなしに聞こえる金属音と、目に見えないほどの速さで動く3つの影。
時折きらめく鋭い光が、戦っているのだと教えてくれた。

何で、どうして、どうなっているの!?
苦無って、そんな忍者みたいな武器、どうしてこの人達が持ってるの?
こんなに素早い動き、どうしてできるの?
もしかして   ここは私の知っている時代じゃないの……?

混乱する頭でぐるぐると考えていたら、不意に耳元で澄んだ金属音が聞こえた。
ふわりと感じた小さな風邪と、少し離れた場所に突き刺さった苦無に、数瞬してから思考が追いついく。


……私、狙われた。


ぞくりと背中が泡立つのと同時に、「ぐっ」と男の人のくぐもった声がして、日向が私をかばうように立っていた。




   に、手を出すな!!」




初めて聞いた日向の声。
少し低めのハスキーボイスは、確かに私の名前を呼んでくれた。
けれどそれよりも、私の目に入ったものは。


「日向   !!」


日向の頬をざっくりと裂いた、深い傷だった。


「日向、日向、大丈夫?痛くない!?」


涙でにじむ視界を振り払って、日向の頬に手拭いをあてる。
みるみるうちに赤く染まっていくそれに、血の気が引いた。


「てあて……てあてしなきゃ……!!」


半泣きで繰り返す私に、日向は大丈夫だと微笑んでくれる。
けれど、けれど!


「やだよ!日向が死んじゃうの、嫌!!」


すがりつくように抱きついて、侵入者達を懸命に睨む。


「な……何で、日向を狙うんですか!日向は関係ないじゃないですか!」
「お嬢ちゃん、ちょぉっと退いてくれないかな?」
「嫌!日向を殺すんでしょう!?」
「ま、そりゃそうだけど」


あっさりと肯定した男の人は、そいつ危険だもんと肩をすくめる。


「ひっ……日向は危険なんかじゃありません!死にそうになってた私を助けてくれたし、お料理だってぱっと作れちゃうし、釣りとか狩りが得意だし、温泉にだって連れて行ってくれるし、それに   
「……ちょっと待て。風魔が?そんなことを?」


頭が痛そうな表情をした女の人に、途中で遮られた。
その横で、男の人も奇妙な顔をしている。


「風魔が誰かは知りませんけど、日向はすごく優しい人です!」


自信満々に言い切って、ぎゅうと日向に抱きついた。


「日向はずっと私を守ってくれました。だから、今度は私が日向を守ります」


涙目で二人を睨みつけると、何とも言えない表情で沈黙されてしまった。
……あれ?


「ええと……お嬢ちゃん?こいつが誰だか知ってるの?」
「日向は日向です。すごく優しい人です」
「いや、そうじゃなくて」
「それ以外に、何か必要ですか?」


少なくとも私の知る限り、日向はずっと私が辛くないように、不便に感じないように、
ずっと気を配ってくれていた。
私にはそれだけで充分だ。

しっかりと目を見据えてそう言うと、男の人は疲れたように肩を落とした。


「なあ、かすが。俺様、とんでもない無駄働きした気がする……」
「まさか、風魔がここまで一般人になっているとはな……」


女の人も疲れているようだ。
二人でぼそぼそと会話を交わした後、女の人が厳しい顔で日向に向き直った。


「風魔。今後一切、我々の世界には手出し無用と誓えるか?」


こくりとうなずく日向。
その腕に、しっかりと私を抱えて。


   ならば、風魔小太郎は死んだことにしよう。我々はそう報告する」


吹っ切れたような笑顔を見せた女の人は、男の人を引きずるようにして消えていった。
緊張の糸が切れた私を、日向がしっかりと支えてくれる。


「……よかったの?日向」


見上げて訊くと、微笑みと共にうなずきが返ってきた。


が……一番、大事」
「……っ、日向、大好き!!」