それは、あまりにも突然だった。

いつものように出勤して、いつものように仕事をして。
そんな中、いきなりビル全体がぐわりと揺れた。


「え!?え、え、何!?」


ぐわり、ぐわり、ぐわり。

数度ゆっくりと繰り返されたそれは、やはり突然にぴたりと止まる。
止まって、今度は電気がぷつりと切れた。

もちろんすぐに、非常用の電源に切り替わったものの、その被害は尋常ではなかったらしい。
あちらこちらから悲鳴のような絶叫があがる。


「うぎゃああああ、俺のプログラムー!!せっかく何度もランさせて、あとちょっとだったのにー!!」
「モデ、モデリング……!!どこいった……!!」
「バックアップ!?バックアップないの!?   って、こんな前のじゃ意味ねえええええ!!」
「レンダリング、あと少しだったのにー!!こんなつるっぱげなんてもういらないー!!私の苦労返せー!!」


電気の供給って大事なんだね。
アシスタントの私にはいまいちよくわからない言語が飛び交っているけれど、とりあえず阿鼻叫喚でみんなの苦労がパーになったということだけはわかった。

かくいう私も、全部員分の出退勤管理表がほぼお釈迦になって、結構苛立っているけれど。
そんなもの、制作系の他の人に比べたら、痛さの度合いが違うだろう。


「せんぱーい、今の地震何でしょうね?」
「さあ?2ちゃん見たら、多分誰かが速報流してるよ」
「あ、そっか」


そういえばそういうスレもあるらしいと気づいて、ネットに接続しようとして   ぎしりと固まった。


「あの……ネット、つながらないんですけど」
「え?嘘、そんなわけ   ほんとだ」


『サーバーにつながりません』という、あのお決まりの文句が画面を占める。
何度やってみてもそれは変わらなくて、単に回線のパンクと考えるのはおかしかった。

そんな中、不意に誰かが声をあげる。




「ねえ   外」




外?




   何だよ、これ!?」




誰かが叫んで外を見て   再びぎしりと固まった。


なんだここは、どこの樹海だ。
いや、樹海は言いすぎにしても、どこの森の中だ。


このビルがあるのは都心の中の都心とでも言うべき場所で、こんなものが見えるはずがなくて。
四方をビルに囲まれていたはずの風景が一変するなんて、常識では考えられなかった。


「……せんぱい」
「……なーに、さん」
「…………これ、集団で見てる夢ですよね。起きれば直りますよね」
「…………うん、多分」


そうでありたいと願いながら先輩に訊いたら、何とも心もとない返事が返ってきた。

先輩も信じたいのだ、これが夢だと。
悪い夢だと。


やがてざわめきが落ち着いていき、取りあえず外に出てみようという話になった。
電子ロックが自動でかかるから、必ず誰かがドアストッパーをして。
どの部署でも同じ考えらしく、あちらこちらでそんな風景が見られた。

エレベーターは使えないから、非常階段(ここもオートロックだなんて!)を降り切ったところまでは良かったのだ。
まさか、最後の最後で難関が待ち構えていようとは、誰も思わなかった。




「……ドアが、開かない……!」




肝心要の入口、そのドアだけは自動ドア。
しかも、耐震性を上げるために特注したらしい、強化ガラス。
どう頑張っても、誰にも割ることができなかった。
当然、大混乱再びだ。


そんな中、もう比較的腹をくくれていた私は、みんなの備蓄食料を訊いて回った。

   外に出られないならば、この社内にある食料が全てということになる。
それが尽きるまでに、どうにか脱出する方法を考えなければ。


部員一人一人の備蓄(お菓子含む)をリストアップすると、意外にも結構な量があった。
……まあ、職業柄徹夜や泊まり込みなんて当たり前の職場だから、みんなそれなりに溜めこんでいるか。


ちなみに私の備蓄は、毎日こつこつコンビニで買ったお菓子が複数だ。
そんなに残業なんてしないし、私。
それでも一番下の引き出しにびっしりだから、まあ足しにはなるだろう。


「とりあえず!」


ばん、と一番分厚いデザインの本で机をぶっ叩く。
本は手近なデザイナーさんからふんだくった。
本人が悲鳴を上げていようが、構うものか!

全員の注目が集まったところで、もう腹をくくり切った私は言い切った。


「全員、食料を提出してください。パソコンは電源落として。スリープモードなんて駄目ですからね!?少しでも電気を節約しなきゃいけないんですから。痛みやすいものは冷蔵庫に。平気なものは、そこの段ボールに放りこんでください」
さん……?」
「昔で言う、兵糧戦です。食料が尽きる前に脱出しましょう」


完全に腹くくった女なめんな。


空いている容器全部にパントリーから水をつめて、こっちもできる限り冷蔵庫に保管。
災害時に一番大事なのは、食料と水の確保が基本だ。
ばたばたと走り出す部員の皆さんに指示を飛ばしていたら、先輩から尊敬の目で見られた。


さん、男前……!」
「女が言われても嬉しくないですよ!」
「だって、うちの男共、こんな時に限って使えないのばっかじゃない!」
「……否定しきれないのが切ない……!!」


唯一の問題はお風呂だけれど、これはもう我慢するしかない。
髪にブラシをかけるだけでも随分違うと聞いたことがあるから、皆さんそうしてもらおう。


……さて、どれくらいで脱出できるやら。
というよりも、脱出したところで、ここで生きていけるの?私達。

そんな不安をぎゅうと押しこんで、一つ重たいため息をついた。