「戻ったぜ!!」
「お帰りなさいませ、政宗様!」
伊達政宗とお城の人が元気に挨拶を交わしているけれど、私はそれどころではない。
初めての乗馬体験で思いっきり飛ばされて、お尻が痛いやら酔いが酷いやらで最悪だ。
まともにしゃべることすらできない。
必死に色々とこらえている私を放置したままで、政宗とお城の人の話は進む。
「政宗様、その女子は ?」
「正室だ。俺がそう決めた」
「は ?政宗様!?」
慌てふためくお城の人。
何だこいつという目で見られても、私もびっくりだ。
正室って何だ、正室って。
そんな話、一言も聞かされていない。
「文句は聞かねえ。いいな?」
「よろしくありません」
反射的に口を挟んだら、政宗に射殺しそうな目で睨まれた。
思わず息を止めた私に、政宗は低い声で釘を刺す。
「てめぇに拒否権はねえんだ。Okay?」
「……かしこまりまして」
あーあーやだやだ、この傍若無人っぷり。
心の中でならいくらでも文句を言えるけれど、口には絶対に出せない自分の気の弱さが憎らしい。
せめてもの抵抗でぎりと睨みつけると、政宗は小さく口笛を吹いた。
「Oh,ずいぶん気が強い女だな」
「お好みでなければ、即刻前言撤回なさいませ」
「俺の立場でそれが許されると思うのか?」
「そうおっしゃるということは、すでに後悔されているととらえてよろしゅうございますね」
揚げ足を取るように畳みかければ、苦々しげに舌打ちをされる。
お互いに睨み合うこと数瞬、先に目をそらしたのは私の方だった。
百戦錬磨の武将とメンチの切り合いができるほど、心臓が強くはできていない。
「……お好きになさいませ。あの約束さえ果たしてくだされば、私はもう、何も望みませぬ」
「その言葉、二言はないな」
「もちろん」
この時代と私のいた時代をつなぐものは、あの人達だけになってしまった。
向こうを懐かしんで話せる相手も、辛い時に支えになってくれるのも、もうあの仲間しかいないから。
失うわけにはいかなかった。
「 殿こそ、お約束をお忘れなく」
「俺が違えるとでも?」
「万が一ということもございます故」
しつこい奴だと、疎むならば疎めばいい。
むしろ、願ったり叶ったりだ。
少なくとも、今この男に身体を委ねる気にはなれない。
ふいと政宗から顔を背けて、広い庭を見やる。
どうやら季節は秋らしく、私の記憶にもある花がちらほらと植えられていた。
整然とした庭。
作られた世界。
小鳥を閉じこめるのにふさわしい。
もっとも、自分は小鳥なんて柄じゃないがと、こっそり自嘲した。
政宗がどこまで進んでも、庭は整然と手入れが行き届いている。
やがて乱雑に下ろされた部屋は、城の入り口からずいぶんと遠い、奥まった場所だった。
「ここがお前の部屋だ」
「左様でございますか」
そっけなく言われた言葉に、そっけなく返す。
この男にとって、私は珍しいだけの存在。
文鳥よろしく飼われていればいいのだ。
飽きられるまで。
飽きられたらどうしようとか、今は考える必要はない。
なるべく物珍しくあの男の興味を惹き、そして女としては認識されないように。
おそらくそれが、考えられる中で最良の手だろう。
冷たい視線を交わしあいながら、頭の中でせわしなく計算を続ける。
いくらこの広大な領地の主とはいえ、会社の従業員全ての働き先を世話するのは簡単なことではないだろう。
そして、私にはそれを知る術がない。
どうやって外と連絡をとるか、それが問題だ。
「可愛気のない女だ」
「それはよろしゅうございました」
「口も減らないと見える」
「唯一の特技ですので」
そう、どんなに恐ろしくても、動揺しない氷の仮面が必要だ。
必要以上にこの男の興味を惹かないように、それでも手放せないと思わせる程度には物珍しい知識を与え。
それしか、私の手元にあるカードは存在しないのだ。
なんて不利なゲーム。
けれど 嫌いじゃない。
口の端がつり上がるのを抑えながら、片手で顔の下半分を覆った。
「殿。執務がおありでは?」
たとえ今までの仕事が全て片づいていたとしても、私達の一件でまた忙しくなることは素人の私でもわかる。
さっさとどうにかしろと暗に伝えると、政宗は舌打ちをして、足音荒く去っていった。
重力が二倍になったんじゃないかと思えるようなプレッシャーから解放されて、姿勢を崩しながら大きくため息をつく。
これで終わりじゃない、私にとっては始まりだ。
1000人以上の人間の命と運命を背負うという、どこの勇者だと鼻で笑いたくなるような毎日の。
分不相応にも程がある。
単なる制作アシスタントの私が、社長や役員、おまけにその他諸々の人達の命綱?
好きな相手がその中に含まれていなかったら、こんなにも必死にはならなかっただろう。
ぶっちゃけ私としては、アシスタントをしていた部署の人達と仲のいい友達、それに好きな人さえ助かれば、後はそれほど大事じゃない。
それでも、私の「特別」な人達を知れば、あの男は何を企むかわからない。
だから結局、私が立ちはだかるしかないのだ。
「……本当に、どこの勇者だよ。柄じゃないっての。さしずめ政宗は、『ゆうしゃのくせになまいきだ』って感じか?」
多くのゲーマーを魅了して、最近になって続編が出ている某魔王様ゲームのタイトルを呟く。
それが思いの外しっくりきて、誰にも聞こえないようにこっそりと笑った。
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