最期に見たのは、鮮やかすぎる橙。


そんな馬鹿な、ここで朽ち果てるのかと、絶望にも似た失望を覚えた。


迫り来る拳を避けられるはずもなく、脳裏に浮かんだのは愛しい弟。
そして、名を知っているだけのまだ見ぬ妹。


ああ、どうか逃げきって。
一賊の掟などどうでもいい。

人を殺せない今のあなた達では、コレには勝てない   !!












次に目覚めたのは、温かな笑顔に囲まれてだった。
泣き出しそうな笑顔、言祝ぎの声。


ここはどこだ、この人間は誰だ、双は軋は曲はどうした   


頭の中を様々な問いが駆け巡り、そして唐突に理解した。


私のこの身体は赤子のものだ、この人間は私を生んだ人だ、そして私は   
ここで、生きていかなければならない。


それでも、まだ希望はあった。
私が私であるならば、他の一賊もまたそうであるかもしれないと。

平凡で一般的な家族に囲まれ、皮肉にも前世で生まれたときと同じ名字名前を与えられ、一般的な子供を装いながら、私の家族を探し回った。
探しても探してもこの広大な尸魂界に家族の感覚はなく、仕方なく統学院に入ることになる。


入れ違いに天才児とか誉めそやされてる子供がいたりもしたが、私は至ってマイペースに、4年でそこを卒業する。


友達?いるわけない。
この私は、今はそんなものは必要としない。


必要なのは、この世界をもっと自由に動き回るための地位と権力。

卒業してすぐ二番隊に配属され、着実に実績と経験と、そして昔の勘を取り戻した。
そのときに知り合った武器職人には、いろいろと懐かしいものも作らせた。
そして運良く一番隊に異動となり、総隊長と個人的なおつき合いをさせていただく程度にはなったのだけれど……。




   はい?」
「だからの、少し他の隊に行ってみんか?」
「とうとう耄碌しましたかこのクソジジイ」




おっといけない、つい本音が。


怒られるかと総隊長を見ても、いつものように笑っているだけ。
そのことに少しだけ安堵して、お茶受けの和菓子を一口食べる。


「刑軍で25年、一番隊で49年。もうそろそろ、お主も日の光を浴びていい頃じゃろう」
「いえ、せっかく三席にまで上り詰めたのですから、このまま   
「だから、じゃよ。お主の実力は確かじゃが、顔も名もいまだ知れ渡ってはおらぬ。そろそろ儂の秘蔵っ子を自慢してやりたくてのう」
「やめてください傍迷惑な」
「と、いうわけで。明日から十番隊配属になるぞ」
「人の話を聞いてくださいクソジジイ」


ああもう、私の平和な人生計画が!


思わず懐に手が伸びかけた時、総隊長がのほほんと呟く。


「他隊になれば、虚と戦うことも多くなるぞ。それに、現世への任務に就く可能性もある」


お抹茶をすすりながらの何気ない言葉に、ぞわりと血がわきたつのを感じた。


   対象は何であれ、名分を持って咎められることなく殺せる?
それに現世に行けば、あの橙を殺せるかもしれない。


そんな私を見透かしたように、総隊長は明るく笑う。

この人は私が殺人鬼だと気づいていて、それでも手元に置き続けてくれた。
それだけで、この人の器の大きさが窺えるというものだ。


「今までろくに殺しもせずに、よくこらえてきたな。休みの度に流魂街に飛び出すのにも、何か理由があるんじゃろう。   お主のためにも、他の隊に異動した方がいいと思うんじゃよ」
「山本、総隊   いえ、師匠」
「ん?」


最後のお抹茶をいただいて、穏やかな目をした総隊長を正面から見る。
《普通》を装うには少々霊力が高すぎた私に、周囲への影響を憂いて、統学院の時からこっそりと稽古をつけてくれた、死神としての師匠。


「今までお世話になりました。師匠にだけは、お教えしておきます」


口の上の髭に抹茶の緑がうっすらと残っているのを見つめながら、私は目を柔らかく細めた。
大切な大切な、魂に刻み込まれた私の名前。




「私の名前は零崎。《殺し名》序列3位、零崎の元四天王、成り損ないの零崎です。二つ名は 
殺神衝動ハイエンド》《聖人蹂躙エンペレス》《禁忌の聖女パンドラ》、お好きなようにお呼びください」
   儂にとって、お主は以外の何者でもない。お主は心の優しいじゃよ」




私が何者でも関係ないと言ってくれた総隊長に深く一礼して、何も言わずにその場を立ち去った。


もちろんお勘定は総隊長持ちだ。
仮にも上司なんだから、それぐらいは払ってしかるべきだろう(元々お茶屋さんに誘ったのは総隊長の方なんだし)


部屋も一番隊から十番隊のそれに移動するから、今のうちに荷物をまとめて通達を待たなければ。
100%隊舎と部屋の往復しかしていない私にとって、他隊の隊長など覚える必要もなかった。
さて誰だったかと思い巡らせ、以前(と言っても17年前のものだけれど)新隊長就任の際に受け取った組織図を引っ張りだした。


「そういえば、十番隊が新任だっけ」


目的の隊長名が朱色で書かれているのを見て、最年少だ何だと騒がれていた気がしないでもないのを朧気に思い出した。


「日番谷冬獅郎に……松本乱菊、か。ずいぶんと古めかしい名前だこと」


他にも十四郎や惣右介やら、とにかく時代劇に出てきそうなものばかりだ。
これも尸魂界だからかと適当に納得し、荷物の整理にとりかかる。
新しい上司はどんな人物かと、ほんの少し胸を躍らせながら眠りについた。


そして翌日、十番隊隊舎。
執務室の扉を軽くノックし、私はいつもよりも声に張りを持たせて入室許可を求める。


「失礼します、本日付けで一番隊より異動になりました、です」
「おう、入れ」


   ん?
今の声、男にしては声が高いような……。
ということは、副隊長?乱菊ってことは女だろうし……。


内心首を傾げながら扉を開けて   自分の目を疑った。




「ちみっ子……?」
「……ほう?言ってくれんじゃねえか」




あ、額に青筋発見。


「うーん……双識は妹フェチっていうキャラ立てだったんだけど、っていうかだから私も被害をこうむったんですけど、残念ながら私は弟フェチとか少年フェチってわけじゃないんですよねえ」


総隊長も何を考えて、私をこの隊に飛ばしたのだろう。
単に虚を始末するためだけなら、十一番隊の方がよかったはずだし……。

目の前の霊圧が跳ね上がるのも無視して考えていたら、先程よりも数段低い声が響いた。


「おい、お前……」
「はい、何でしょうか?日番谷隊長」


白い羽織から、この少年が隊長だということは容易に知れる。
にっこりと笑ってみせたら、さらに隊長の口元がひきつった。


「いい度胸してるじゃねえか」
「ありがとうございます。人並み外れた人生だったもので」


この地に降りたって88年、現世ではいい加減人識も舞織もぽっくり逝ってる頃だろう。
それでもいまだ、私の人生はこちらではなくあちらのそれだと、胸を張って言える。

たかだか二十数年の、零崎としての人生を。


もうそろそろ人識も探し始めなければならないかと考えていたら、目の前にぺらりと紙が突きつけられた。


   現世出向?」
「早速だが行ってこい。場所は第1026地区、京都市全域だ」
「京都!?」


その単語に思わず反応してしまった。
ずいぶんと因縁めいた街への出向を命じられたものだ。


あの人達はまだ、あのアパートに住んでいるのだろうか。
住んでいなくとも、何らかの痕跡はあるだろう。


「期間は?」
「一ヶ月半だ。巨大虚も出る、気をつけろ」
「はあ……別に構いませんが、これって席次なしの死神には荷が重いですね」


こちらには、私が三席だったなんて情報は回ってきていないはずなんだけど   
疑問はすぐに解消された。


「仮にも一番隊にいたんだ、これぐらいはできるだろう」


単なる八つ当たりか、なるほど。
確かに私ならば巨大虚など苦でもないが、それにしても八つ当たりにしては少々短慮がすぎる。


「承知。すぐに現世へと向かいます」
「ちょ   !?」


冗談だと思っていたのだろう、金髪ボインの松本副隊長が焦った声をあげた。
それに小さく微笑んで、同じく驚いている隊長にすいと目を戻す。


「隊長。私怨で兵を動かすと、時に取り返しのつかない事態を招きますよ」
「おい   っ」


それ以上聞く耳を持たずに執務室を後にし、地獄蝶を伴って斬魂刀を構える。


「さあて、萌太か崩子ちゃんあたりに会えればいいけど……」


口元に浮かぶのは、歓喜の微笑み。




   さあ、家族に会いに行こう。