「 何、コレ」
現世に降り立ってまずは一言。
いやいやいやいや、ちょっと待ってくれよと言いたくなった。
ここはどこだ、京都駅だ。
京都駅と書かれているのだから、それ以外の何物でもないはずだ。
だとしたら、この古めかしい建物は一体何だろう。
私の見知っている、近代的で京都の景観を損ねていると一部で揶揄されているあの京都駅は、一体どこにいったのだろう。
「懐古 いや、回古趣味なの?これ」
周囲を行き交う人々の髪型や服装が、中途半端に古くさい。
現世で死んで88年、それだけあれば流行など幾重にも変わってしまうことはわかっている。
けれどこの、中途半端な逆行具合は何だろう。
首を傾げながら何体か虚を倒し、副隊長と定期連絡をとった9日目の昼、捨てられていた新聞に何気なく視線を向けて愕然とした。
「……50年前 !?」
欄外に記された西暦は、確かに私が死んだあの日よりも50年前のものだ。
何度見ても変わらないその事実に、ますます頭が混乱する。
その時、伝令機がけたたましい音をたてた。
ポイントは4キロ先、巨大虚。
「 とりあえず、冷静にならなきゃね」
頭を冷やさないと、物事の正常な判断もままならない。そのためにもまず、気を静めなければ。
巨大虚に向かって走りながら、口元に薄く笑みを刷く。
「零崎を、始めましょう」
愛刀をかざし、巨大虚に向かって大きく跳躍した。
伸ばされる手を刀の腹で受け流し、まずは一太刀。
力の入れ方が悪かったらしく、仮面に浅く傷がついただけだった。
「うーん……久しぶりすぎて、腕が鈍ったかな?」
予想よりもうまくいかなかったけれど、そんなことで慌てるほどこちらも雑魚キャラではない。
どうせだからこの際、鬼道の試し相手になってもらおうと思いつく。
「ええと……まずは縛道の六十一、六杖光牢」
これくらいならば詠唱破棄もできる。はず。
思い通りに巨大虚に突き刺さった帯を見て満足していたら、いきなり触手状になった腕に襲われた。
「おっと……!」
避け損ねて頬が裂ける。
熱い痛みが走るけれど、今はそれよりも高揚感の方が優っていた。
続けていくつか鬼道を放ち、どれも致命傷を負わせるまでには至らなかった時点で、私はようやくあきらめる。
「仕方ないか」
不思議な不思議な、異質すぎる私の斬魄刀。
懐刀ほどの大きさしかないそれを手に提げ、うっすらと微笑む。
「満ち果て尽くせ、 」
心底から大切な3つの音を唇に乗せた瞬間、斬魄刀は霧散した。
そのまま巨大虚へと瞬歩で跳んで、頭上から一気に釘バットを振り下ろす。
「でりゃああああああああっっ!!」
釘バットはものの見事に巨大虚の頭にヒットし、その勢いで全身をひび割れさせ。
「いっちょ上ーがりっと」
完全勝利。
ちょっと驚いたけど、なまってた身体に勘が戻ってきたから、まあよしとしよう。
それにしても、ここが50年前というのはどういうことなのだろう。
私が実際に死ぬのはこれから50年後なのだから、ありもしない魂魄が尸魂界に存在していることになる。
何という矛盾。何という危険因子。
もしこのまま何事もなく進めば、やがて現世には「私」という存在が生まれるのだろう。
その時、この私はどうなるのだろうか。
最悪、矛盾に魂魄が耐えきれず、消滅してしまうだろう。
「まあ、それでも別にいいけどね」
あの時皆と共に過ごした日々が、露と消え果てないならば。
小さく笑って呟いて、軽く地面を蹴る。
東寺の五重塔の上に座れば、市内が遠くまで見渡せた。
「考えても仕方ないし、久しぶりに京都観光でも楽しもうかな!」
ずっと尸魂界、それもずいぶん地域限定で引きこもっていたから、こんな風に気ままに出歩くなんてことは考えられなかった。
京都に住んでたのはもう90年近く前だし、第一それはここから50年も後だし。
擬骸に入らなければ拝観料を払うこともないわけだし、第一瞬歩を使えば自転車で移動するよりも速い(京都では車よりも自転車での移動の方が楽で速いことが多い)
こりゃお得だとばかりに寺社巡りを敢行し、どうせ必要経費で落ちるのだからと和菓子やお茶を楽しみ放題し。
ついでに古着屋さんでアンティークの着物を20着ほど買ったところで、ようやく現世の任務が終了となった。
「女将さん、実は明日で東京に帰るんですー。今までいろいろお世話になりました」
ほぼ日参してすっかり顔なじみになった、御所近くの古着物屋さんに挨拶に行くと、女将さんがひどく悲しんでくれた。
「あら、まあ……。よう来てくれはってたのに、寂しくなるなあ」
奥から旦那さんも出てきて、眉を下げて私の頭をなでる。
「またこっちに来はったら、いつでも顔出してなあ。 そうや、お餞別に何でも好きなもの持ってきやす」
「え!?でも 」
「そうやなあ。ちゃん、よう買ってくれはったし。何でもほしいもん言ってみい」
思いがけない申し出に戸惑っていたら、よりにもよって女将さんまでもが嬉しそうにうなずいた。
確かに、欲しいものはある。
ここに通い始めてすぐに目をつけたものがある。
ある、けど……。
「……いただけませんよう……」
ン百万もするようなもの、タダでもらうわけにはいかない!
元々挨拶がてら、2着ぐらい買っていこう程度にしか思ってなかったし。
30万ちょっとしか持ってないし。
「確か、ずうっと前からちゃんが見てたのがあったなあ」
「ちょ、いただけませんって!」
まっすぐにあの着物に向かう旦那さんを止めようとしたら、逆に女将さんに引き止められた。
「大丈夫やし、ちゃん。あれな、ン百万は昔の話なんよ。今はせいぜい50万や」
「ご、50万でも十分高いんですけど……」
「せやし、お餞別。また来てな?何十年経ってもええから、うちら待っとるし」
にっこりと笑われたら、もう抵抗できない。
結局その着物と、それに合わせた帯をプレゼントされ、それだけではあまりにも申し訳なかったので着物を1着と帯を2本買って店を出た。
「……もう、会わないんだろうなあ」
また現世への任務はあるかもしれない。
けれど、私と彼らの寿命はあまりにも違いすぎる。
ちょっとしんみりしながら荷物をまとめ、でっかいトランクを引きずって門を開けると、1月半ぶりの尸魂界だ。
「隊長に報告 の前に、まずは荷物を置きに行くかな」
「ちょっと待てコラ。何だこの大荷物は」
「あれ?日番谷隊長じゃないですか。どうしたんです、こんなところで」
仕事は放っておいてもいいのだろうか。
ごく自然にそう思ったから訊いただけなのに、隊長のこめかみに青筋がたった。
「今何時だと思ってる!!」
「午後9時52分33秒フラットです。それがどうかしましたか?出向は本日までのはずですが」
日付は間違っていないはずだと頭の中で計算していると、隊長がさらに声を荒げる。
「勤務時間内に戻ってくるのが鉄則だろうが!いつまで待たせるつもりだ、お前は!!」
あれ?そうだったんだ。
でも。
「今はまだ勤務時間内じゃ ありませんでしたね、そういえば」
刑軍では勤務時間もへったくれもなかったし、一番隊ではいつも10時まで仕事をしていたから、普通の勤務時間をすっかり忘れていた。
「申し訳ありません、てっきり勤務時間が10時までだと思っていたので」
正直にそう白状したら、何故かものすごく微妙な目で見られた。
2秒半ほどその状態が続いた後、隊長が海よりも深いため息をつく。
「お前の霊圧を感じたから来てみればこれか。 報告は明日一番で聞く、今日はもう帰れ」
「はい」
一礼して踵を返しかけ、懐に入れていたそれに気づいて背を向けた隊長を呼び止めた。
「何だ?」
「おみやげです」
手首のスナップをきかせて、小さな包みを投げる。
反射的に受け取った隊長の眉間に皺がよった。
「……何だこれは」
「金平糖です。現世の皇室御用達ですよ、そのお店。そのソーダ味はイチオシです」
「てめっ……ガキ扱いすんなっ!!」
「あはははは、してませんよ。糖分をとると作業能率が上がりますからね。あまり無理をなさらずに、お休みなさい」
まだ何か怒っている隊長に背を向けて、トランクを引きずりだす。
うーん、いくら今までの給料がほとんど未使用だったからといって、これはちょっとやりすぎたかもしれない。
お金はまだまだあるから別にいいけど、キャスターで転がしていても重さが半端ない。
箪笥を整理して、あれこれ入れ直さなければ。
そんなことを考えていたらうっかり一番隊の宿舎に行きそうになったのは、誰にも言えない秘密だ。
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