「さん、この書類六番隊に持ってってくれる?」
「あ、はーい」
「あ、じゃあこれも」
「これとこれも」
「ついでにこれも」
「こんなに溜めこむ前にこまめに持って行ってくださいだらしない」
異動から4ヶ月、十番隊はずいぶんとおおらかでフレンドリーなところだということがわかった。
この隊では一番の新入り、しかも席次がない私が雑用をするのはまあ当たり前だけれど、こんな口調でも何の問題もない。
「ごめんねー」
「よろしくー」
たくさんの手にひらひらと見送られながら隊舎を出て、量の半端なさにため息が出た。
普通の女性では到底持てない量だろう、これは。
「……ていうか、六番隊以外のもいっぱいあるじゃない」
三番隊、十一番隊、一番隊、十三番隊、七番隊。
いいけどね、別に。
最短距離からルート選択をして(車のナビが欲しいと痛切に思った)(なくても何とかなるからいいけれど)、まずは十一番隊に。
「こんにちは、十番隊です。書類のお届けに参りました」
扉を開けたら、一番近くにいた赤毛が振り向いた。
眉毛にかかった変な刺青が、一際目を引く。
こんな目立つ的つけてたら、すぐに人識の標的になっちゃうじゃない って、今はそんな考えはいらないんだった。
「おう、ご苦労さん。 お前、十番隊にいたか?」
訝しげに見られて、またかと苦笑する。
この4ヶ月で、こんなことは何度もあった。
「4ヶ月前から、十番隊で勤務しています。それまでは奥の方に引っ込んでいたので、ご存知ないのも仕方ないですね」
小さく笑って会釈をすると、赤毛の隊員も戸惑いながら会釈を返してくれる。
「引っ込んでるっつーと……十二番隊か?」
「いえ、あんなエグいところには、死んでも行きたくないですね」
確かに私は殺人鬼だけれど、それは呼吸をするようなもの。
生きていく上で、最低限必要不可欠な要素。
己の欲望を満たすためだけに動いている今の涅の下になど、頼まれても行きたくはない。
つい笑顔で暴言を吐いてしまったけれど、彼は「そりゃそうだよな」とうなずいただけだった。
内心を悟られはしなかったかと安堵し、これ以上関わらないうちにと一歩踏み出す。
「それでは失礼します。他にも行くところがありますので」
「あ、ああ。 あ!お前、名前何てんだ?」
……正直に言っていいだろうか。
めんどくさいことを訊かないでくださいよまったく。
思わずいらっときて袖口に手をやろうとしてしまい、瞬時に気づいてそれをやめる。
慣れない環境に放り込まれたせいで、ずいぶんとストレスがたまっているようだ。
これしきのことで理性を失いかけるなんて、私らしくもない。
「です」
誰に対しても、等しく優しく。
別に博愛主義なわけではないけれど、円滑な人間関係のためには必要最低限のスキルだろう。
微笑んで名乗ると、隊員もにいと笑う。
「俺は阿散井だ。阿散井恋次」
「はい。それではまた」
名乗られたことに別段リアクションはしない。
向こうも気にしてはいないようだし、する必要もないと思った。
機会があればと内心で呟いて、今度こそ十一番隊を後にする。
あの赤毛隊員 いや、阿散井さんは、無意味に派手なところが少しだけ弟に似ていて、17歩ほど離れた場所から傍観する分にはおもしろいかもしれないと思った。
あれは多分、近くにいるとトラブルがやってくるタイプだ。
続く十三番隊では、何故か十番隊だと告げた瞬間に隊長が顔を見せた。
何だここは、どれだけ暇なんだと突っ込みそうになったが、最初に対応していた黒髪の少女がひどく慌てているところを見ると、どうやら日常の光景ではないらしい。
「十番隊から?ご苦労だな」
「うっ……浮竹隊長!?」
慌てふためく少女に、隊長が柔らかに笑いかけた。
そうだ、十三番隊の隊長は、確か浮竹十四郎という名だった気がする。
見事な白髪は、ブリーチでもしたんだろうか。
それにしては艶があって綺麗だけれど。
そんなことを考えていたら、浮竹隊長が少女の頭をなでた。
「朽木、いつもご苦労様だな。ほら、ご褒美だ」
一体どこから取り出したのか、浮竹隊長は少女 朽木さんというらしい に干菓子を渡す。
朽木?
確か、四大貴族にそんな名字があった気もする。
一瞬朽木家の構成を思い出そうとしたが、特に意味がないことに気づいてすぐにやめた。
この際だからと浮竹隊長に直接向き直り、書類の束を差し出す。
「こちらが十番隊からの書類になります。五席以下で対応可能なものですが、お目通しをお願いします」
「わかった。 君、名前は?」
またか。
ここの人々は、一体どれだけ平和なのだろうか。
それとも私が忘れてしまっただけで、外の世界とはこんなにも面倒なものだったのだろうか。
それでも隊長格に問われれば否と言えるはずもなく、阿散井さんの時と同様に名字だけを名乗る。
「か。すまないが、日番谷君にこれを渡してくれないか?ほら、これがお駄賃……という程の年でもないか」
二十歳そこそこの見てくれのせいだろう、浮竹隊長はお饅頭を差し出そうとして困ったように苦笑した。
「外見で言えばそうなりますね。どうやら私は、普通よりも肉体の成長が早かったようですから」
さりげなくお饅頭を辞退しながら、下の箱だけ受け取る。
受け取る……?
「浮竹隊長……これが菓子折りに見えるのは私だけでしょうか?」
目の錯覚かと確かめてみると、浮竹隊長は生真面目にうなずいた。
「いや、中身は銀鍔だ。これがなかなか美味くてな、せっかくだから日番谷君にもおすそわけしようと 」
「……隊長は受け取らないと思いますが……」
「だからに頼んでいるんじゃないか!頼むよ、な?」
あえてもう一度言おう。
隊長格に頼まれて、否といえるはずがない。
「受け取るかどうかの保証はできかねますが……それでもよろしければお引き受けします」
ため息まじりにそう言えば、浮竹隊長の表情がぱっと輝いた。
本当に感情表現が素直な人だと、思わず苦笑がもれる。
「すまないな、ありがとう!!」
手を握ってぶんぶんと上下せんばかりの喜びように苦笑して会釈し、ほんの少し足早で十三番隊を後にした。
したはずが、何故か朽木さんが後を追ってくる。
「さん、あの!」
「 何か?」
一体何事だろうと立ち止まって振り向くと、朽木さんは少し弾んだ息を整えながら困ったように笑う。
先程までは気を張っていたようだった表情が、外見相応のそれになって愛らしい。
「その……隊長が無理をおっしゃって、すみません。隊長は日番谷隊長に親近感をお持ちのようで……」
「大丈夫ですよ。どうやら松本副隊長は甘い物がお好きなようですので、隊長がお食べにならなくともあの方の口に入るでしょう」
「……そうですね」
顔を見合わせてくすりと笑いあい、今度こそ別れの挨拶を交わしあった。
「それでは」
「はい」
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