ジーンの言うことはいつも突然だけれど、これにはさすがに驚いた。
イエスかノーかという問題以前に、びっくりしすぎて思考回路が止まる。

そんな私の様子をどうとったのか、ジーンがへちゃりと眉を下げた。


「……やっぱり、嫌?」


やっぱりって何だやっぱりって。
それに、嫌とは一言も言っていない。
どこをどうこねくり回したらそんな答えに   って。


……今の私の思考回路って。
ジーンと……その、結婚したい、って思ってるような……。


そこまで考えたら、一気に顔が熱くなった。


?どうしたの、大丈夫?」


こんな時にも私のことを心配してくれるジーン。
すごく優しくて大好きだけど……結婚、かあ……。
いまいちぴんとこないというのが本音だ。
でも、ジーンがそう言ってくれたことはとても嬉しい。


「ちょっと……ちょっとだけ、待ってくれる?今すぐにって言われても、混乱しちゃって答えられないよ」
   うん。待ってるよ、


まぶしいほどに優しいジーンの笑顔が、とても痛かった。




それからも今までと何も変わらない素振りを見せてくれるジーンに甘えて、長い間考え続けた。
どうしようではなく、本当に私でいいんだろうかと。

いつかはそうなれればいいなと、ぼんやりとそう思ってきた。
けれど、今すぐでいいんだろうか。
全然大人になれていない、わがままばかりの私で。

いくら考えても答えが出なくて、とうとう花音に電話をしてしまった。


?どうしたの、珍しいじゃない』
「うん……ちょっと、相談」


かくかくしかじかこういうわけで。


「どうしたらいいんだろう……」


我ながら情けない声だと思いながら聞くと、何故か不自然に長い沈黙の後。




『あんた馬鹿ぁ?』




ばっさり言われた。
ため息のおまけ付きで言われた。


『あんたねえ、結人君はずっと考えてたんでしょ?』
「うん……多分」
『だったら、なんかよりも結人君の方が、何倍も真剣に考えてる。絶対』


真剣な声でそう言われて、目から鱗が落ちる。

……そうか。
ジーンはずっと、結婚について考えていてくれたんだ。
そのジーンが大丈夫だと言うなら、信じても平気だろう。


「……ありがと。もうちょっと考えてみる」
『さっさと決めなさい、この幸せ者!!』


携帯を切って、ジーンの部屋をノックする。


「ジーン、ちょっといい?」
「どうぞ、


ノックからまもなくドアを開けてくれたジーンは、いつもと変わらない笑顔だ。
この笑顔の影で、ジーンは一体どれくらい考えていてくれたんだろうか。
何も知らずにのんきに毎日を過ごしていた自分が、急に恥ずかしくなった。


「あの……ね。この前の話なんだけど   
「焦らなくていいよ。僕、待つのは慣れてるもん」


なんてことないように笑う、綺麗な顔。
その笑顔を見て、決心がついた。

軽くかぶりを振って、ジーンを見上げる。
いつも通りの仕草のはずなのに、何だかとても気恥ずかしかった。


「その   ほんとに、いいの?私で」
「もちろん!僕がいつからのことを好きで、いつから結婚のことを考えてたと思う?」


あっさりさらり。

そう言うということは、本当にずっと前から考えていてくれたんだろう。
もしかしたら   『一緒に旅をしよう』と言ってくれた、あの時から。


「私ね、私   その……まだ、自信ないんだけど……」


喉がからからに乾く。
つばを飲みこむと、こくりと小さく音がした。


「ジーンがいいって言ってくれるなら   一緒に、いたい」


その答えが、今の私の精一杯。
けれど、ジーンにはそれで充分伝わった。

色白の綺麗な顔がぱっと明るくなって、次の瞬間にはきつく抱きしめられている。
ぎゅうと抱き寄せられるのはこれが初めてではないけれど、いつもよりもずっと強い力が喜びを伝えてくれて、恥ずかしさで胸に顔をうずめた。


それからは早い早い。
あらかじめ根回しをしていたんじゃないかっていうくらい早かった。

式場もいつの間にやら予約しているし(私の意見は!?)(すごく素敵で文句のつけようがなかったけど!!)、お母さん達に挨拶に行っても二人とも驚かないし、イギリスのSPRの人達にも前々からスケジュール調整をお願いしていたようだし。
本当にもう、ジーンには負ける。

私がしたことなんて、新居(今の部屋が手狭だからって、これまたいつの間にかジーンが物件を探してきた)の家具をカタログで選ぶことと、花嫁衣装を揃えることぐらいじゃないだろうか。


「ねえお母さん、こっちとこっち、どっちが可愛いかなあ?」
「そうねぇ……結人君はどっちが好きかしら」
「多分、どっちでも似合うよって言うと思う……」


言う時の笑顔まではっきりと想像できるんだから、これはもう間違いない。
だからこそ困るのだ。
迷いに迷っても結論が出ないから、結局プランナーさんにお任せしてしまった。

ティアラと手袋とヴェールと。
他にも細々したものを揃えて、それで私の支度はおしまい。
ジーンは喜んでくれるだろうか。


「それにしても……もイギリス人になっちゃうのねえ」
「住むのは日本だから、今までと変わりないよ。そんなに実感もないし」
「そう?なんだか心配」


お母さんとそんな会話をしながら、駆け足で時間は流れて。









呼ばれて振り向くと、そこには白いタキシードに身を包んだ、旦那様になる人。


   ジーン」
「……どうしよう。すごく綺麗だ」


きちんとお化粧をしてもらって、選びに選んだ衣装を身につけた私。
ジーンが夢見心地の表情で吐息を漏らしてくれて、よかったと胸をなで下ろす。


「気に入ってもらえてよかった」
「気に入らないはずがないよ!!だって、夢にまで見たの花嫁姿だよ?」


ゆっくりと近づいてきたジーンに、優しく抱き寄せられる。


「綺麗。世界一綺麗だよ、
「……ジーンも世界一格好いいよ」


うっとりとしたジーンの手がヴェールにかけられて、崩さないように慎重に持ち上がる。
誓いのキスにはちょっと早いけれど、と内心苦笑しながら、近づいてくる最愛の人の顔に、そっと目を閉じた。