潜入捜査はソルジャーのお手の物。
そう言わんばかりにやけにあっさりと艦内に潜りこんだ一同は、思い思いの場所で好き勝手に行動し始める。


「高い!遠くまで見渡せるわ!!」
「すごいね、ティファ!!」
「こーら、あんまりはしゃがないの。ばれないように、ほどほどにね?」


きゃあきゃあとはしゃぐ女性2人に苦笑して注意しながら、は遙か海の彼方を見やった。

よく晴れた空にきらきらと反射する水面は、ここが適地の真っ直中だということを忘れるほど綺麗だ。
おそらくこの後、ジェノバとの戦闘があるであろうことも忘れそうになるほどにも。

いっそ本当に出てこなければいいのにとため息をつくと、心配そうな表情のティファに手を取られた。


、どうしたの?具合でも悪くなった?」
   ううん、大丈夫。ザックスとかバレットあたりが問題でも起こなきゃいいけどって、ちょっと不安になっただけ」


嘘ではないが本当でもない返事をして苦笑すると、ティファもエアリスも納得してくれたようだ。
確かにとうなずく2人に、対象者共が普段どんな扱いをされているのかが透けて見えて、思わず小さく笑ってしまう。


「不審に思われたら、海上任務は初めてだからとか適当にごまかしてね。新兵は大抵浮かれてるから、大目に見てもらえるよ」
「うん、わかった」


元気にうなずいたエアリスに軽く手を振り、は見張り台から降りて後方デッキに進む。
だるそうに手すりにもたれ掛かっているザックスに声をかけると、やる気のない返事が返ってきた。


「おーう、ー」
「サボってんの見つかったら怒られるよ」
「んなヘマしねえって」


けらけらと笑ったザックスが、身体を反転させて手すりに背中をつける。
空を仰いでまぶしそうに目を細め、独り言のように呟いた。


「いい天気だなあ」
「コスタ・デル・ソルに着くまで、このままだといいんだけどね」
「だなあ」


ジュノンからコスタ・デル・ソルへは、約2時間あまり。
見たところ天候の崩れは心配なさそうだが、あちらに着いたとたんに大雨などというのは勘弁してほしい。
ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に頭の上にザックスの手が乗った。


「……ザックス?」
「なあ、


が見上げた先で、彼は穏やかに笑っている。
いつもとは少し様子の違うそれにがたじろぐと、ザックスはのんびりと思いをこめた声で続けた。


「帰ってきてくれて、本当にありがとな。ずっと言えなかったから、今言っとく」
   何を、いきなり」
「お前が帰ってきてさ、旦那もクラウドもずいぶん落ち着いたよ。前はもっとぴりぴりしてて、時々おっかなくて仕方なかったんだぜ?」


苦笑しながら頭をかいて、ザックスは戸惑っているを見る。

ある日突然現れて、いつの間にかセフィロスを手懐けていた少女。
クラウドから全幅の信頼を得ていた少女。
長い間忘れていた「家族」を思い出させてくれたは、あるいは自分達の精神安定剤なのかもしれない。

彼女に頼まれはしていたが、自分では碇になりきれなかった。
少し苦い思いを押し込めて、もう一度まっすぐな長い髪をくしゃりとなでる。
下部デッキでうずくまっているクラウドを指して、おどけて笑ってみせる。


「行ってやれよ。いまだに苦手らしいぜ、あいつ」
「あー……乗り物酔いは、ある意味体質だからねえ……」


後ろ姿だけでも酔っていますと公言しているその様子に苦笑して、は手すりに手をかけた。
ザックスに軽く手を上げると、そのまま身軽に飛び降りる。


「クラウド、大丈夫?」
……」


振り向いたクラウドは見るからに青ざめてげっそりとしていて、一刻も早く地面に足をつけたいと思っているのがよくわかった。
気力が底をついている彼に小さく苦笑し、はブリザドで小さな氷の欠片を作り出す。
タオルでそれを包み込んで、クラウドの額にあてた。


「気休めだけどね。ないよりはマシでしょ?」
「助かる……」
「首にもいる?」
「もらえるなら」


短い会話と共に、クラウドの首にひやりとした感触が当たる。
そろりと息を吐いたクラウドは、ちらりとに視線を向けて情けなさそうに口を歪めた。


   ごめん。俺、格好悪いところばかり見せてるな」


自嘲にも似た表情には数度瞬き、そしてふと顔をゆるめる。
しっかりと筋肉のついたクラウドの腕に手を置き、軽くなだめるように叩いた。
首を傾げるクラウドに、は優しい表情のままでうなずく。


「私にくらい、格好悪いところ見せてよ。そういうのを見せられる相手がいるって、とても幸せなことだもの」


誰に対しても虚勢を張らなければならないのは、とても厳しくてつらいことだ。
差し伸べられた手を見ないふりで、殻に籠もり続けると同意だから。

身を持ってそれを知っているは、クラウドにまでそうなってほしくはなかった。
そこまでクラウドに伝わるはずもなかったが、何か思うところはあったらしい。
小さくうなずいて苦笑したクラウドに、も笑ってうなずいた。


   気持ち悪い。頭がぐらぐらするし、胸焼けはするし、何度も吐いて喉が気持ち悪い。何で俺、こんな船なんかで高速移動してるんだろう……」
「はい、よく言えました」


ぽんぽんと金色の頭をなでて、は腰元の袋から小さな錠剤を取り出す。
見るからに怪しげな色のそれにクラウドが眉を顰めたが、彼女はにこやかにその手を出した。


「私特性の薬。すでに酔った状態でも即効性間違いなし!さ、飲んで」


某ラッパマークのアレを思い出させるそれは、けれど船酔いするかつての仲間達にも重宝されたものだ。
味の悪さの折り紙付きで。
どこからともなく取り出された水と共に笑顔で差し出され、クラウドはついに覚悟を決めた。
質に赴くような顔で受け取り、一気に水で流し込んで。




   っ!!」




悶絶した。
無言でのたうち回るクラウドを、笑いながら見ている
シュールすぎる。

胃に直接流し込んだはずなのに、その胃から逆流してくる形容しがたい味に苦しむこと数分、クラウドははたと気がついた。


   気持ち悪くない」
「でしょ?みんなそうだったんだよねー、これから乗り物乗るときはこれがお勧め」


長距離の移動にはどうしても乗り物が必須。
となれば、毎回この味とこんにちはすることになる。
ざざっと青ざめたクラウドの心の悲鳴に気づき、はのんびり笑いながら手をひらひらさせた。


「これ、体質改善もできるから。しばらく我慢して飲み続ければ、そのうちいらなくなるよ」


いわゆる漢方の神医とまで呼ばれたリュウカン直伝の薬にさらに改良を加えたのは、ひとえに彼女が気の遠くなるほどの年月を過ごしてきたからだ。
研究する時間ならそれこそ腐るほどあった。

そうしてできあがったこれに、一体どれほどの仲間が感謝しただろう。
ざっと数えて50を超したあたりで、はカウントを放棄した。
不毛すぎる。


「1日3回、1錠。   頑張れる?」
「……努力する」


苦々しい顔でクラウドがうなずいたその時、激しいアラーム音が船内に響き渡った。
何事かと身構えるクラウドとは対照的に、の表情が引き締まる。


   来たか、ジェノバ。
お前はどんな姿をしている?