端的に言おう。
私の身体が退化しました。
いや、ネアンデルタール人とかそういう次元の話ではなく。
怠惰すぎて足が機能しなくなったとかそういう話でもなくて。
縮みました。ざっと6年分。
会議中に寝落ちして、気がついたら薄暗いホルマリン漬けだらけの変なところにいた。
全く記憶のない場所に混乱していると、妖怪みたいなおじいさん(後でオヤジさんというのだと教えてもらった)(名前?それ名前なの?)が、親切にも状況説明してくれた。
「どうやらお前さん、時空の狭間から落ちてきたようだな。ヒヒヒ」
おじいさんの膝の上にいる黒猫も、同じようにヒヒヒと笑う。
ちょっと待て、よく考えてみたら、全然親切な答えじゃなかった。
寝落ちで次元落ちって、どんなだ。
そして猫、普通の猫はヒヒヒなんて笑ったりしないぞ。
何だお前は。
「え、は、ちょ、あの、私会議中だったんですけど」
「そこから落ちてきたんだろうて」
「落ちるって何がですか」
「お前さん、違う世界に放り出されたってことよ」
「…………は…………?」
駄目だこれ。
理解不能。
一体何が起こってるの?
とりあえず、体型は変わっていない。
服のサイズもぴったりだ。
別に髪型も変じゃないし、顔だって 。
ん?
「……え?」
ない。つけまつげがない。
そんな馬鹿な、今朝もばっちり装備してきたのに!
シュウウエムラの、超お気に入り!
慌てて鏡を取り出して覗きこむと、信じられないものが目に写った。
「……嘘でしょ?」
すっぴん。
しかも、それで充分見るに耐えうる弾力ときめの細かさ。
……非常に見覚えがある。
「高校生かよ!!」
思わず自分で自分に突っ込んでしまった。
鏡の向こうの自分が阿呆面をさらしている。
もう、何が何だかわからない。
携帯の番号を片っ端からかけてみたけれど、「現在使われておりません」か全くの別人が出てくるかのどちらかだった。
携帯からうちの会社を検索してみたけれど、確かにあるはずのホームページがひっかからない。
おかしい。
これは本格的におかしい。
「何なの……?これ……」
「だから、次元を越えて来たんだろうて」
嘘。嘘、信じない。
こんな普通じゃない現象、ありえない。
混乱する頭を抱えていたら、いつの間にか側に来ていた黒猫が、ざらりとした舌で手の甲をなめた。
その感触に、リアルさに、すとんと何かが落ち着いた。
こんなにリアルな夢はありえない。
むしろ、その方がありえない。
だったら、現実として受け止めようじゃないか。
「……おじいさん。ここは、どこですか?」
冷静な声で放った問いかけに、おじいさんがにぃと口元を上げた。
「極楽堂だ。まあ、ここらじゃ地獄堂で通っているがな」
「地獄堂……」
ずいぶんと物騒な名前だ。
まあ、ホルマリン漬けが並んでいる時点で、充分ぴったりだと思えるけれど。
むしろ、どうして「極楽堂」なんて名付けたのかを訊きたいぐらいだ。
と、このお店の名前について考えるのはここまでにして。
戸籍すらないここで、はたしてどうやって生活していったものか。
記憶喪失のふりをして、戸籍が作成されるまでじっとしているか。
それまでは公的機関にお世話になりそうだなあと思って重いため息をつくと、黒猫がヒヒヒと笑った。
うるさい、今はお前に構ってる暇はないんだ。
必死に今後の対応策を考えていると、おじいさんがにたりと笑う。
「まあ、ここに落ちたのも何かの縁。うちにいるか?」
「……は?」
何を言われているのかわからずに間抜けな声を出すと、おじいさんがここによ、と繰り返した。
「なぁに、戸籍なら心配するな。儂が何とかしてやる」
「え!?」
戸籍をどうにかするなんて、違法行為そのものだ。
それを軽々しくやってやろうと言うこの人は、一体何者なんだろうか。
しばらくじっと見つめてみたけれど、おじいさんが動じる様子は全くない。
何が一番、私にとって利益になるか。
わかりきっていた。
ため息を一つついて、深く頭を下げる。
「 よろしくお願いします、おじいさん」
「儂はオヤジ。こいつはガラコだ」
「お手伝いできることはしますので」
「ほう、それは助かる。 だが、その前に」
しわしわの指が、私の額に伸びてきた。
つん、と軽くつつかれた瞬間、膜に包まれたような感覚が全身を襲う。
一体何をしたのかと瞬きながらオヤジさんを見ると、にやりと笑われた。
「厄介なモノが見えるようになっとるな。軽い魔除けをしておいた」
言われた言葉に、ぎしりと固まる。
厄介なモノ?
それは何だ、お化け的な何かか?
「あの、それって 」
「まあ、高校に行けばわかるだろう」
にやりと不気味に笑って、オヤジさんはそれ以上何も追求させてくれなかった。
その意味がわかったのは、本当に高校に編入してから。
「です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたその視界の端に、不気味な影がひとつ。
( ん?)
思わずそちらに視線をやって、げんなりとしてしまった。
……妖だ。
普通は「妖怪」と呼ぶソレを、私は「あやかし」と呼んでいた。
その方が和風だし、言葉の響きがいい。
けれどそれは、霊力なんてからっきしの私には視えるはずのないもので。
何がなんだかわからずにパニックに陥りそうになったところで、その妖の視線の先に気づいた。
「……そんな……」
低くうめいた言葉は担任にだけ聞こえたようで、どうしたという問いに無言でかぶりを振る。
まさか、夏目友人帳の世界だなんて!
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