視線の先 グラウンドの中では、小さく夏目貴志らしき人物が楽しそうにサッカーをしていた。
一番窓際の席についてぼんやりとそれを眺めていると、突然妖が跳躍する。
その目的は間違いなく、夏目君で。
無意識のうちに、オヤジさんからもらっていた護符を飛ばした。
「魔除けだ、何かあったら使っておけ」と今朝もらったばかりの護符が、まさかその日のうちに必要になるとは。
こっそりと窓から飛ばしたそれはまっすぐに妖に向かって、ばちりという音と共に妖を弾き飛ばした。
それに驚いたのか、妖は一目散に学校を飛び出していく。
ひとまず、夏目君は無事らしい。
ほっと一息ついて、改めて懐かしい授業に耳を傾けた。
数週間経ってクラスにもなじんだ頃、一人の友達ができた。
多軌透。
後々、もしかしたらすでに夏目君の友人となっているかもしれない、あのタキだ。
だからといって、夏目君に近づきたいという打算でタキちゃんと友達になったわけではない。
タキは明るく私に話しかけてくれ、クラスになじませてくれた。
そして、人懐こく笑いかけてくれた。
私はタキちゃん自身を好きになり、友達となったのだ。
交友がだんだん深くなり、やがてタキちゃんが私の一番の友達になった頃。
始めの頃は、タキちゃんは私の名前を一度も呼ばなかったけれど、ある時を境に満面の笑みで呼んでくれるようになった。
その笑顔が、タキちゃんの気遣いに長けた接し方が、私は大好きだ。
だから、必然的に夏目君と接触する機会も多いわけで。
ある日、とうとうしでかしてしまった。
タキちゃんに用があって来た夏目君の背後に、妖。
害意は持っていなさそうだけれど、ここで「名前返せ」だの何だのの騒ぎになるのは困るだろう。
だから、ついつい口に出してしまった。
「夏目君、後ろ。早くどっかに行った方がいいよ」
「 え?……あ」
「夏目君?」
訝しげに振り返った夏目君は、さっと顔色を変えてこちらを見た。
不思議そうに問いかけるタキちゃんに早口で詫びると、そのまま小走りに教室を出て行ってしまう。
ぼんやりとそれを見送っていると、タキちゃんが首を傾げてこちらを見た。
「、夏目君どうしたんだろうね?」
「さあ?大自然に呼ばれたんじゃない?」
斜め上をいく答えを返すと、タキちゃんはおおいにウケてくれたようだ。
机に突っ伏して痙攣している。
「……あんた、それだから大好きよ」
「どうもありがとう?」
お礼を言うべきかどうか悩んだ末、一応疑問系で返しておいた。
それにタキちゃんがまた笑ったけれど、無視だ無視。
ひとまずは、近々夏目君に問い詰められるだけだろうということだけは確か。
うーん、どうしたものか。
とか考えていたら、早速夏目君から呼び出しをうけた。
「、ちょっと」
呼び出された先は、誰も使っていない体育館倉庫。
校舎裏じゃなくてよかったなんて考えているあたり、いい加減私もオヤジさんに毒されてきていると思う。
夏目君は固い表情で、何度も言いにくそうに口を開いては閉じていた。
きっと、自信がなくて切り出せないんだろう。
足下に何故かいるニャンコ先生が、早くしろと言わんばかりにばしばし夏目君の足を叩いている。
せっかくなので、こちらからカミングアウトすることにした。
ぶっちゃけ、夏目君を待っていたら、お夕飯の支度に間に合いそうになかったから。
「視えるよ。だけど、私はそれだけ。霊力はほとんどない」
そこのニャンコも、妖だよね?
ニャンコ先生の身体からは、抑えきれない妖気がただよっていた。
それも、相当強いものが。
知ってはいるけど一応尋ねると、ニャンコ先生がうぬう……と声をあげた。
何これ!超可愛い!!
さすが、キタちゃんが夢中になるだけのことはある!!
思わず抱きしめたくなるのをぐぐっとこらえ、ニャンコ先生に笑いかける。
「初めまして」
「この私を見抜くとは……お前、人間のくせになかなかやるな」
「お褒めにあずかり光栄です?って返した方がいいのかな、この場合」
「……俺に訊かないでくれ……」
ニャンコ先生が可愛くて、なでたくなる衝動を一生懸命に抑えながら夏目君に訊いたら、何故か頭の痛そうな表情をされた。
仕方がないからニャンコ先生の方を見ると、こっちはにまにましているばかり。
一体どうしろというんだ、これで。
「まあとにかく、私は視えること以外は至って普通の人間だよ。できればタキちゃんと同じように、友達として接してくれると嬉しいな」
「だけど、あの式神 」
「ああ、あれ?お世話になってるところのオヤジさんが、護身用にって作ってくれたの」
まさかその日のうちに使う羽目に陥るとは、思ってもみなかったけれど。
からからと笑うと、夏目君の表情がぴくりと動いた。
「お世話になってる ?、お前家族は」
「いない。親戚も知り合いも、全部なくしてここにいる」
ほんの少しの寂しさと大きな喪失感をこらえて答えると、ニャンコ先生がにたりと笑う。
「なるほど お前、異界渡りか」
「異界渡り?」
「夏目、こいつは違う次元から落ちてきた人間だ。何も害はないだろう」
なるほど、妖の間では、私のような存在はそう呼ばれるのか。
ふむふむと納得していたら、ニャンコ先生が感心したような声をあげた。
「お前は世界に取り込まれていないようだな。普通、異界渡りは真実に耐えきれず、闇に呑まれるんだぞ」
「ええ、まあ、そうなりかけましたけど」
実際、かなり危なかった。
この世界のことを否定すればするほど、身体がどんどん薄くなっていく。
黒く透明な、ゼリーのようなものに。
それが怖くてまた悲鳴をあげていたら、オヤジさんがぴしりとでこピンをしてくれたのだ。
不思議なことに、たったそれだけで、ゼリー化現象はぴたりと治まった。
何が起きたのかさっぱりな私に、オヤジさんはひひひと笑って一言言った。
「油断するなよ。否定すれば、呑まれる」
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