毎日毎日、ここにいることの意味を考えていた。

そうして毎回出る結論は、「特に意味などない」。
いくら考えても、私の存在がこの世界に及ぼす影響など、ありはしないのだ。


帰りたい、帰りたい、帰りたい。
こんな世界知らない。
生まれ育った世界に戻りたい。
こんな世界、消えてしまえばいいのに。


呪詛のように呟き続けて、部屋に閉じこもった。
不思議とお腹は空かなかった。

オヤジさんの呼びかけにも、ガラコがドアをひっかく音にも反応せず、ずっとずっと世界を呪って。
そうしてある日、朝日に透けた自分の手を見て、パニックに陥った。


「やっ   やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!何これ気持ち悪いやだやだやだやだやだやだ!!」


消えそうになっている。
私という存在が。

その恐怖にまた世界を呪って、その度に身体が透けていって。
この世界のことを否定すればするほど、身体がどんどん薄くなっていく。
黒く透明な、ゼリーのようなものに。

それが怖くてまた悲鳴をあげていたら、オヤジさんがぴしりとでこピンをしてくれたのだ。
不思議なことに、たったそれだけで、ゼリー化現象はぴたりと治まった。何が起きたのかさっぱりな私に、オヤジさんはヒヒヒと笑って一言言った。


「油断するなよ。否定すれば、呑まれる」
「呑ま、れる   ?」


どういうことだろう。
消えるではなく、呑まれる?


涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ガラコがざらりとなめてくれた。
温かいその身体を抱きしめて、かたかたという震えを必死に止めようとする。
そんな私の腕を、ガラコが仕方がないなあとでもいうようになめ続けた。

ざりざり、ざりざり。

それが少し痛いと思えるようになってようやく、身体の震えがおさまっていることに気づく。


「ガラコ   


にゃあ。
一声鳴いて、ガラコが膝から下りる。
ありがとう、とささやいた声はみっともなくかすれていて、けれどそれが精一杯だった。


「お前は世界から見れば異物だ。異物は呑まれ、世界の一部となる。抗体が雑菌を呑むようにな」


オヤジさんの細い指が、くうるりと宙に円を描く。
その部分だけが切り取られたような錯覚に陥って、思わずぱちりと瞬きをした。


「世界を否定するな。ありのままを受け入れろ。そうすればいつか、道は開かれるだろうて」
「……はい」


認めたくない。
信じたくない。
けれど、この世界では私は確かに異物で、私こそが除外されるべき存在だ。
たとえそれが、私の意に反して行われたものであろうとも。

噛みしめた唇は、血の味がした。


「さて、飯でも食うか」


オヤジさんの言葉を聞いた瞬間、急にお腹が空いてきた。
気づけば喉もからからだ。


「行くぞ、


力の入らない身体を、オヤジさんがぐいと引っ張り上げる。
この細い身体のどこにそんな力があるのかと驚くほどの強さで引き上げられ、ふらふらの身体は簡単に立ち上がった。
朝ご飯は図ったようにしょうかのいいお粥で、食べながら無性に涙が止まらなかったことを覚えている。




   まあ、そういうわけで。きっちり経験済みな上に、対処法もばっちりですよ」
「ほう……異界渡りにしては、なかなか肝が据わっとるじゃないか。どれ、気に入ったぞ」
「ありがとう、ニャンコ先生」


にっこりと微笑んで、さっき購買で買ったにぼしを差し出す。
目を輝かせて飛びついたニャンコ先生に顔をゆるめていると、夏目君が頭の痛そうな顔をした。
いや、実際にこめかみを押さえている。


「ニャンコ先生……」
「いいじゃないの、可愛くて」
「可愛い?ニャンコ先生が?」
「うん。可愛くない?」
「こら夏目、それは一体どういう意味だ!!」


にぼしをかじりながらぷりぷりと怒る先生。
ああ、可愛い可愛い。


「大丈夫、先生はすごく可愛いよ」


抱き上げて頬ずりをすれば、つるふかの毛並みがたまらない。
癖になりそうだ。


「お前、私のプリティーさがわかるか!」
「もちろん!」
「意気投合しないでくれ、。後が大変なんだ」


はあ、と重いため息をつく夏目君。
ごめんよ夏目君、でもやっぱり先生はプリティーなんだ!


「そうだ、今日うちに来ない?お世話になってる身分でアレだけど……」
「酒はあるか?」
「あるある。オヤジさんがいいって言ったらだけどね、先生」
「おお!!行くぞ、夏目!!」


目を輝かせながら、腕の中から身を乗り出して夏目君をぺしぺしと叩くニャンコ先生。

ああ、やっぱり可愛いなあ。
ガラコと並べたら、どれだけの殺傷力を持つだろう。

夏目君もとうとう諦めたようで、ため息をつきながら「わかったわかった」なんて言っている。


「あ、お家の人に連絡しておいてね。私がお世話になってるとこ、ちょっと遠いから」


電車で2駅、けれど徒歩通学(だったっぽい)夏目君には充分遠いだろう。
おばさんが心配するのは本意じゃないだろうと、一言付け加えておいた。


「あ   ああ、わかった」
「帰りながらでもいいけど   私、荷物とってこなきゃいけないなあ」


SHRもすでに終わって、下校する生徒の姿もちらほらと見受けられる。
まさかタキちゃんよりも早く夏目君を招くことになるなどとは思ってもみなかったから、ちょっとびっくりだ。


「……悪い」
「何が?」


気まずそうに謝る夏目君を笑顔で交わし、「電話しておいてね」と言い置いて教室に向かう。
ちらりと振り返った背後、携帯を握った夏目君が「あの……友達、の家に   」なんて照れくさそうに話しているのを見て、思わず顔がほころんだ。