そして、数週間後。
「どうだ!!」
自信満々の笑顔で、自慢をするように仁王立ちをする黎深の姿があった。
そんな黎深を華麗にスルーして、惇明は真面目な表情で渡された書類に目を通す。
「ああ、やっぱりこの時代にはSSRIの類は発明されてませんか……。 三環系のものならもしかしたらと思いましたが、そうですよね、心理学なんてたかだか百年くらいの歴史しかありませんもんね」
ぶつぶつと呟きながら見ているのは、それらしき薬と最新の「心の病」に関する専門書。
横浜にきてから英語が堪能になった(というか、英語ができなければこの居留地では生きていけなかった)惇明は、原書をすらすらと読んでいく。
「こら、聞いているのか!」
「はいはい、聞いてますよ。ご褒美がほしかったんでしょう?」
ぺいと無造作に餌(という名の秀麗の写真)を投げ渡し、惇明は珍しく難しい顔で考えこんだ。
写真に飛びつく黎深は華麗にスルーだ。
……はたして、これで依頼人の「悪霊」は祓えるだろうか。
まあ、いちかばちかだ。
どうにかなるだろう、どうにか。
少なくとも、ご祈祷よりはましなはずだ。
そう結論づけると、でれりと笑み崩れた顔で写真に頬擦りをしている黎深に涼やかな挨拶をした。
「じゃあ黎深、私はこれで。また頼みますよ」
「誰がお前の頼みなど聞」
「またポトガラフィーあげますから」
「任せろ!」
ああ、本当に扱いやすい人ですこと。
そうして再び依頼人を呼び出した惇明は、それはそれはにこやかに例の薬と本を手渡した。
「どうやら奥方は、不安障害という病名のようですね。こちらのしおりを挟んである場所に詳細と対処法が書かれていますから、参考にどうぞ。それからこれは、西洋から取り寄せたその薬です。毎日食後30分以内に、書いてある定量を飲ませること。改善が見られないようならば、薬が尽きる3週間前には連絡をくださいね」
一体どこから出てくるんだと言いたくなるような口上に、同席していた隼雷がうさんくさげな視線を向ける。
それを華麗に無視しながら、惇明は優雅に扉を示した。
「早くそれを、奥方に飲ませてさしあげなさい」
「は はい!!」
大切そうに薬と本を抱きしめて、依頼人が何度もうなずく。
それに鷹揚にうなずき返すと、惇明が手元のベルを鳴らした。
「郭。お客様がお帰りですよ」
「ありがとうございます、本当にありがとうございます、氾仙様。このご恩は一生忘れません」
「いえいえ、また何かお困りのことがあったら、是非ご用命を」
何度も何度も頭を下げながら去っていった依頼人をにこやかに見送りながら、惇明はぽつりと呟く。
「こういう時、知識があるって便利ですよね……」
「あ?何か言ったか?」
「いいえ何も?さて隼雷、今日のおやつは何にしましょうかねえ」
「お前、またどっかひょろひょろ行くつもりだろう!却下だ却下!」
「おや、関内の辺りにおいしい洋菓子屋さんができたらしいんですがね」
「んなもん、誰かに買わせて来い」
「嫌ですねえ、自分で見極めるから楽しいんじゃないですか」
……たとえ氾仙と呼ばれようと、惇明は所詮惇明のようで。
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