「リョーマ、アップは」
「終わってる」
「うし、行っといで」


できれば怪我なんてしないでほしいと思う。
でもきっと、無理なんだろう。
試合の流れを変えるほど、私に影響力なんてない。


S2、最後の試合。


お互いツイストサーブとかキックサーブとか出してるけど……ぶっちゃけおあいこだと思うのは私だけだろうか……。
深司も強いんだろうけどね……技量的には、リョーマの方が上。 だと思う。
身内の欲目を差し引いても。

日本に来てから初めての、リョーマの公式戦。
これで、日本のプレイヤーも、まだまだ捨てたもんじゃないと思ってくれるといいんだけど……。


「これなら大丈夫そうだな」
「うちのリョーマが負けるはずないじゃない」


試合の立ち上がりを見ながら安心したように息を吐いた心配性のマザーに、自信満々に言ってやる。
だって、リョーマは王子だよ?
勝って当然!(部長には非公式で負けるけど!)

余裕しゃくしゃくで打っているリョーマだけど、きっともうすぐスポットがくる。
頑張れリョーマ、スポットが起きようと勝てると信じてる。
アクシデントが起きようが、怪我をしようが、そんなことはリョーマには関係ないだろう。


案の定、さほど時間が経たないうちにスポットが起きて。
不思議そうに手を握ったり開いたりして、もう一度ラケットを握り直す。
試合が再開して、またスポットになって。


「……にゃろう!」


身体全体に回転をかけて打とうとしたリョーマの手から、ラケットがすり抜けた。
そしてそれはポールで割れて、リョーマの元へ。




   っ、リョーマ!!」




思わず身を乗り出した私を、乾が押さえつけるように支える。

ベンチに戻ってきたリョーマを見て、わかっていたはずなのに息をのんでしまった。
瞼がざっくりと裂けて、そこから血があふれている。
知識として知っているのと実際に見るのでは全然違うのだと、改めて思い知らされた。


「リョーマ……!」
「平気だって。心配性」


コートの中に入れないから、私はベンチ裏のフェンスにすがりついて身を乗り出す。
そんな私に、リョーマは何でもないことのように言った。


「でも、すごい血」
「縫うほどじゃないし」
「でも、止まんないじゃん!!」


闇い紅い傷口から、止めどなく血があふれてくる。

この、覗きこんでも底が見えないような錯覚を感じる深い傷口が、昔から苦手だった。
心臓がぎゅっと掴まれるような感覚に陥る度に、つくづく自分は医者に向いていないと思ったほどだ。

   あ、やばい。涙が出てきた。

ぐしぐしと腕で目をこすっていたら、フジコがなだめるように頭をなでてくれた。
それなのに、それなのに。
当のリョーマときたら、「やるよ」なんてけろりと言ってくれやがる!
いや、それがストーリー通りだっていうのはわかってるんだけどさ。
それでもやっぱり、実際にこうやって見てしまうと、試合なんてどうでもいいから、
早く手当を受けてほしいと思ってしまう。

スミレちゃんが止血をして(本当に止まったのには驚いた)、部長が10分で終わらせろなんて言うし、端から見ればもう無茶苦茶だ。
桃に替えのラケットを出してもらったリョーマが、不意にこちらを向いた。





視線の先で、リョーマは片目だけで生意気に笑う。


「勝ったら、言うこと1つ聞いてよ」
「何でも聞くから、とにかく早く終わらせて!」


何を悠長なことを言っとるんだ、お前は!


「約束だよ」


怒鳴った私ににやりと笑い、小さな王子はコートに戻る。
怪我をしていようが、リョーマの勢いが止まるはずがない。
かえって球速も技のキレもパワーアップして、深司を苦しめる。


「すごいすごい、さっすがおチビ!」
「マジで終わりそうっスね」


桃と英二がはしゃぐ中、乾の手が頭にぽんと置かれる。
不意打ちに驚いて顔を上げると、彼は優しく笑っていた。


「時間内に越前が勝つ確率は92%だ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だろう」


そう言いつつ軽く手を叩かれ、気づけば力を入れすぎて白くなった指先。


「……気づかなかった」


勝敗も、それに至る展開も知っているはずなのに、この緊張感は確かな本物。
だってほら、今だってガーゼに血がにじみ始めている。
うまく動かない指の力を抜こうと頑張っていると、乾が小さく苦笑した。


「爪でついた傷は、紙や刃物よりも治りが遅いぞ」
「わかってる」


なんだか悔しくてそっぽを向くと、ちょうどその先に、胃を押さえながら試合を見守るマザーがいた。
気の毒に……(ほろり)

今度胃薬でも差し入れようと思いつつコートに目を戻すと、リョーマが深い打球ばかり打っている。
そして、極めつけのツイストサーブ。
深司がそれを手で受け止めた瞬間、青学の優勝が決まった。