ぽつぽつと身体を濡らしていく雨を見つつ、これでコートがぬかるむのかと地面に視線を落とす。
……うん、結構激しくなりそうだ。


「うわ、濡れちゃう」


慌てるフジコを尻目に、ごそごそと鞄をあさる。
ええと、雨傘の方はどこにやったかな?


ちゃん、ベンチにおいでよ」
「不二君こそ早く行きなよ。私は傘持ってきてるから」


ようやく見つけた折りたたみ傘を広げてみせると、よく用意してるなという目で見られた。
備えあれば憂いなしと言うだろうが、若者よ。
強くなっていく雨足にため息をついて、傘をめいっぱい傾けてフジコに差し掛ける。


「ほら、行った行った。選手が風邪ひいちゃ駄目でしょ」


ぐいぐいと背中を押しても動かないフジコに手間取っていたら、反対にその手を引かれてしまった。


ちゃんもおいで。どうせこの雨じゃ、上がるまでは試合中断だから」
「いや、ベンチはレギュラーしか入れないでしょうが」
「いいからいいから」


おかしい!
何故私の方がぐいぐい押されてるんだ!
ちくしょうフジコめ、どこにそんな力があるんだ!


「お、来た来た」


フジコに連行されるようにしてベンチ近くに連れてこられた私に、マザーがおかしそうに目を細めた。


「いやあの、楽しそうに見てないで止めてほしいんですけど」
「なんで?」


心底不思議そうに首を傾げたのは、お馬鹿な猫。


「こっちにいた方が濡れないじゃん」


畳みかけるようにして当然のように言い放つ、我らが王子様。


「中に入ってろとは言えないけどね……後ろにでも立っとりな。菊丸達がうるさくてかなわん」


スミレちゃんにまでそう言われてしまっては、もうどうしようもなかった。
フェンスのこちら側にまで張り出してる屋根はそんなに広くないんだけど、とりあえず傘をさしてその場に待機。
鞄が濡れないように位置を調整していた私に、リョーマの声がかかった。



「何?」


顔を上げても、前を向いたままのリョーマとは視線が合わない。


「どっちが勝つと思う?」
「んー……」


ぶっちゃけると答えは知っているようなものだけど、まさか言えるわけがない。
仕方がないので考える振りをして、この状況をじっくり見てみた。


「ぎりぎりで薫君……かな?」
「へえ?」


リョーマの声が楽しそうにワントーン上がった。
きっと、猫のような大きな目で、にやりと笑っているんだろう。


「雨でコートがぬかるめば、足の速さを頼りにしてる神尾君に不利になる。あとは薫君の体力次第だけど……あれだけトレーニングしてるんだもの、どうにかなるんじゃない?」


肩をすくめてそう言うと、リョーマがくるりと振り向いた。
満足そうに目を細めている。


「それでこそ、だよ」
「よくわからないけど、それはどうも?」


リョーマが何を言いたいのかは本気でわからなかったけれど、一応褒められたようなのでお礼を言っておいた。
対するリョーマはすこぶるご機嫌だ。
一体なんだと首を傾げていると、傘に当たる雨音が聞こえなくなった。


   あ」


雨が、上がった。
コートが落ち着くまでしばらく時間がかかったけれど、試合は再開。


「リズム野郎、スピードが落ちてんな」


桃が楽しそうに呟くけれど、あの状態で前と同じスピードを出せる方が怖いよ。
それもう人間じゃないよ。

心の中で突っ込みながら試合を見ていると、バランスを崩した薫君のポール回しが炸裂した。
おお、これにはさすがに、不動峰も驚くか。


「うーん……記念すべきブーメランスネイク第一球……」
「へえ、ブーメランスネイクか。いいねそれ、採用」
「乾君が決めちゃうの!?」


誰にも聞こえないようにこっそり呟いたはずなのに、どうしてお前はいつの間にか側にいるんだ!

しかも乾命名なの!?
いいのか!?それでいいのか!?


「誰かが言い出さなきゃ、名前なんてつかないだろう?」


逆光でさらりと言われた言葉は正しいのかもしれないけど、何だか納得がいかない。
首をひねりながら試合を見ていると、想像通りにブーメランを出そうとしては失点している薫君がいた。


「己を過信しているな」


部長がぽつりと呟いて、フジコもそれにうなずく。
偶然に頼ってはいけないのに。
しびれを切らしたスミレちゃんにこってり絞られた薫君を、ちょいちょいと手招く。
素直にこちらに来てくれた彼の顔を、ごくごく軽く叩くように挟んだ。


   わかってるよね?」


スネイクができるようになるまでの練習を忘れないで。
君は努力の天才なのだと忘れないで。
偶然にすがるような、そんな弱い人じゃないのだから。


「…………っス」


ふしゅう、と息を吐き出して、薫君がコートに戻っていく。
それからは、彼本来のスタイルで。
体力のなくなってきた二人の、精神力の戦いになってきた。
青学も不動峰もギャラリーも、誰もが固唾をのんで見守っている。

どちらが勝ってもおかしくない、ぎりぎりのラリーの応酬の果て。


「聞こえねえよ」


コードボールを薫君が拾って、ようやく試合が終了した。