「タカさん、腕は!?」
みんながタカさんの傍に集まって行くのを見ながら、こっそりと不動峰サイドへと移動する。
持っていくのは冷却スプレー。
「石田君、腕平気?」
「あ さん!?」
小さな声でこそこそと呼びかけると、振り向いた石田君がすごく驚いた。
「冷却スプレー持ってきたけど……使うかな?もう用意してあった?」
「あっちにいなくて平気なんですか?河村さんだって怪我してますし 」
桜井君が慌てて心配してくれるけれど、特に私がいたからといって処置ができるわけでもない。
それに、タカさんが平気なのは知っているし。
今はそれよりも、ろくに手当てもしなさそうなこちらが心配だ。
「うん、大丈夫。ただ、見つかるとリョーマがうるさいから……」
こっそり来てみました。
そう言うと、みんな少し笑ってくれた。
「ありがとうございます、大丈夫っスよ」
石田君も笑顔で言ってくれて、ほっと一息。
「そう?それならいいんだけど……」
「もうそろそろ、あちらも落ち着くだろう。気づかれて雷を落とされる前に帰れよ」
橘さんに笑いながら言われて、慌てて青学サイドを見る。
確かにタカさんがコートから出ようとしていて、そろそろ戻らなければまずそうだ。
小さく手を振って再びこっそりと青学サイドに戻って、救急箱にスプレーを戻す。
どうやら誰にも気づかれてはいなかったようで、一安心。
D1は黄金ペアが、D2の敵討ちとばかりに圧勝。
まあ、こちらは勝つのがわかりきっていたから、特に心配はしていない。
「ちゃん、見てた?見てた?」
「うん、ちゃんと見てたよ。お疲れ様」
褒めて褒めてとばかりに目をきらきらさせて駆け寄ってきた英二に、よくやったと笑いかける。
頭をなでるのは、タオルでちゃんと汗をふいたその上から。
「これで1勝1敗、おあいこだね」
「シングルスで2勝すればいいだけだよ」
リョーマが不敵に笑い、薫君も無言でうなずく。
勝って当然と言わんばかりの様子が、いかにも彼ららしい。
「……そういう強気な態度、嫌いじゃないよ」
思わずもれた苦笑と共に2人の肩を叩くと、リョーマが帽子をかぶりなおした。
「いってらっしゃい、薫君」
「 っス」
S3、リズムとマムシの一騎打ち。
「リズムを変えるぜ!」とか叫ぶのはいいけどさ……そういうのはなるべく言わない方が自分に有利になるって気づいてないのかなあ、あの子。
だって、この何でもありなテニスっぷりなら、ある程度は瞬時に対応できそうだし。
まあ、それは置いておいて。
薫君も頑張って、必死にくらいついているけれど……。
神尾だって、伊達にスピードのエースを名乗っているわけじゃない。
スネイクをことごとく打ち返されて、すごく悔しそうだ。
「海堂、焦ってるね」
「うん。仕方ないよ、持ち技が通用しないんだもん」
横に立っていたフジコが、難しい顔でぽつりと呟いた。
ただでさえタカさんがDEFになってしまったから、試合の展開がどうしても心配なんだろう。
「だけど 」
「でも」
フジコが何かを言いかけるのを遮って、にっこりと笑ってみせる。
「そんなことでつぶれる子じゃないよ。確かに焦ってるけど、諦めてる目じゃないでしょ?きっと一廻り成長してくれる」
結末を知っているいないにかかわらず、今までの彼を見てきたから、自然に出る言葉。
誰よりも努力を惜しまずに自分に厳しく、上を上をと睨みつけてきた人。
あの努力が報われないなんて、そんなことがあるものか。
「そう……だね」
フジコがうなずき、ふと空を仰ぐ。
「 雨が、きそうだ」
曇天が切れ目なく一面を覆って、今にも泣き出しそう。
嫌な天気だと顔をしかめると、背後から脳天気な声がした。
「ぬかるんだコートでどこまで動けるかが、勝負の分かれ目っスね」
気配を読むなんて芸当をできるはずもないから、本気で思いっきり驚いた。
思わず睨み付けそうになったのは致し方ないだろう。
「試合、中止になるとは思わないの?」
「全然」
桃は当然のような顔でにかっと笑う。
いわゆる桃ちゃんスマイルなんだけれど、それを見ていたら何だかおかしくなってきてしまった。
「 まあ、少しぐらいの雨で中止になっても困るんだけどね」
「そうそう」
思わずほころんだ口元を隠しながらうなずくと、フジコも横でうなずいた。
「じゃあ、俺はあっちに行ってるんで」
「うん」
ぺこりと頭を下げて離れて行った桃に手を振り、また試合に目を戻す。
インパクト音が響く中、青学側から大きな声援が飛んでいる。
と。
「あ」
ぽつり、と頬に冷たい粒があたった。
「……雨だ……」
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