午後2時59分。
視界にぎらぎらと光る刃を認めながら、リンは無事に逃げただろうかと、レンはぼんやりと思っていた。
君が笑っているなら、僕はそれで充分だから 。
死ぬなんて、怖くない。
最後まで『王女』を演じ切ってみせる。
不敵な笑みを浮かべたレンの耳に、教会の鐘の音が響いた。
さあ、最期の芝居だ。
いつもの彼女の口癖を。
『あら、おやつの時間だわ』
そしてギロチンの綱が切られ、
「待ちなさい」
首の皮一枚のところで急に止まった。
けして大きくはない声、けれど凛とよく通るそれは、一体誰のものだろう?
顔を動かすこともできないレンの耳に、会話だけが聞こえてくる。
「今の声 確信が持てた。それは『王女』じゃないね」
「何を !?」
「この姿は、正に王女だ!!俺は見たことがあるぞ!!」
「骨格も声帯も、女じゃあないよ。服を脱ぎなさい、『王女様』」
ずばり言い当てた女性の声に、レンはきつく眉根を寄せた。
ああ、おしまいだ。
ごめんリン、僕はだませなかったよ。
心の中で呟く間にも、スカートが切り裂かれていく。
そして露わになった下半身に、周囲からざわめきが起こった。
「 偽者だ!!」
「くそっ、こいつは従者か!!」
「王女はどこだ!?」
「 ここだよ」
ギロチンの刃がゆっくりと引き上げられて、すぐ近くでした声の主にロングコートを着せられる。
どうやら、下を隠せという意味らしい。
それと同時に、耳元でそっとささやかれた。
「レン君。間違いないね?」
他人にわからないように微かにうなずくと、彼女はさらに続ける。
「彼女は無事だ。だから、これから何を見ても、私を信じて」
言うと同時に、彼女は何かを無造作に放り投げた。
白い綿の袋 下部が、真っ赤に染まって滴っている。
まさか まさか!!
反射的に袋に飛びついて、震える手で中身を取り出す。
取り出して、瞬間頭の中が真っ白になった。
「…………リン !!」
目を見開いた状態で無残に切り落とされた、大事な大事な姉。
どこかで幸せに笑っているはずの、姉。
「リン、リン、リン !!」
レンの取り乱し様を見て、人々もそれが王女の首だと理解したらしい。
ざわめきが徐々に大きくなっていき、それはやがて鬨の声になった。
「王女は死んだ!」
「王女が死んだ!」
「暴君はもういない!」
そんな彼らを静めたのは、やはりレンの横に立つ女性だった。
「怪しい『少年』を見かけたからね。周囲の状況と照らし合わせて、彼女が王女だと判断したよ。一度だけ、この国に来たこともあったし」
あっさりと言った彼女に、レンは全身の血が沸騰するかと思った。
こいつが リンを殺した。
僕の大事なリンを、こいつが殺した。
ぎらぎらと光る目を向けるレンに気づいているだろうに、彼女は顔色一つ変えずに続ける。
「この子は私が預かるよ。王女の死体はそこら辺の通りに転がしといたから、後で焼却処分を」
「この っ!!」
レンの拳を軽々と受け止め、彼女は逆に涼しく笑う。
「恨みなさい。私を殺せるなら殺してみなさい。それまでは、機会を狙って私についてくるといい」
「 すぐに殺してやる!!」
そう叫んだレンを軽々と持ち上げ、彼女は 真白い翼を広げた。
「それでは皆さん、ごきげんよう。国政の基礎も知らない人々で、せいぜいよい国を創ってくださいね」
ただの14歳の子供に大きな権利を与えてそれを放置し、あげく悪の象徴として処刑しようとした大人達。
国民も含めて、彼らはきっと一番重いその罪に気づかないのだろう。
けれどは、それを彼らには教えない。
国を創り上げる大変さ、思い知れ。
実はちょっぴり昔の個人的な恨みを抱きながら、は空を舞う。
「殺してやる!殺してやる!!」
「落ち着きなさいなって。暴れると落ちるから」
「うるさい!」
「だーかーらー、始めに言ったでしょ?君のお姉さんは無事だよ。あれは紛い物。知り合いに作ってもらったコピー」
その言葉でぴたりと動きを止めたレンは、改めて彼女の言葉を思い出してみた。
『彼女は無事だ。だから、これから何を見ても、私を信じて』
生きて、いる?
リンはまだ、生きている?
「安全な方法で、君達を国外に逃がす。いいね?」
動きの鈍った頭でうなずくと、子供にされるように頭をなでられた。
やがて舞い降りた路地裏には、怪しい2人の男と 大事な大事な、彼の姉弟。
「……っ、リン!!」
「レン!!」
お互い涙声で抱き合った双子を見ながら、はクロロを見上げた。
「 『不思議で便利な大風呂敷』を」
「こいつらを包めばいいんだな?」
「もちろん。行き先は そうだな、海の向こうの国なんかは?さすがに海をまたげば、王女の顔を知ってる人もいないでしょ」
「海の向こう」という単語にリンが小さく反応したが、それには誰も気づかぬ振り。
「このオールバックの怪しい年齢不詳のお兄さんが、君達を運んでくれるから。ちょっと狭苦しい移動方法だけど、我慢してね」
彼女が言うが早いか、目の前が黒で塗りつぶされて 。
「 ここ、は?」
「青い国じゃなさそうだね。どこだろう?」
しばしの沈黙の後、リンがぽつりと呟いた。
「……私達、生きてるのね」
「……うん」
「私、あの人に、いろんなことを教えてもらった。私、王として失格だったのね」
「…………うん」
「 一緒に生きよう、レン。今度は私、頑張るから」
「………………うん」
涙でにじんだ声でうなずき、レンは何よりも大切な姉を強く抱きしめる。
そして、名も知らぬ女性に、心から感謝した。
僕達をあの檻から出してくれて、本当にありがとう。
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