佐為は何故か、強い相手と打ちたいとは言わない。
そう思っているのは感じとれるし、実際ヒカル君の時はそれで彼をプロの道へと導いたわけだし。
どうして、私にはそれを望まないのだろう。


「佐為、どうして?」
「ヒカルとは違い、あなたはもう充分に大人だ。己の道を歩もうとしている者の邪魔はしたくありません」


穏やかに笑う佐為に、思わず困惑する。

私は将来の進路なんて、まだ決めていない。
大学に入ったばかりだし、就活なんて想像もつかないし。
あえて言うなら、自分のやりたい勉強ができて楽しいといったところか。

そんな私の気持ちを汲み取ったんだろう、佐為がそっと私の髪をなでた。


「己の学びたいことを、あなたは見つけた。私はその邪魔はしません」
「……ありがとう」
「未来あるあなたは、自分の思うように進むべきです」


その裏で小さく、うらやましいと呟く佐為の心の言葉が聞こえてしまったから。
何とも言えない表情で曖昧に微笑むことしか、私にはできなかった。

そんなタイミングでうまくなった、携帯のバイブ音。
これ幸いと開けてみると、アキラ君からのメールだった。


「塔矢からですか。何ですって?」
「今度、佐為に指導碁をしてほしいって。明後日かあ……バイトもないし、ちょうどいいや」


佐為は?と訊くと、目を輝かせてうなずく。
久しぶりの強い相手に、嬉しさがこらえきれないんだろう。

すぐに了承の返事を返して、そういえばヒカル君からの連絡がないなあと思い出した。


「ねえ、ヒカル君って今、どうしてるのかな?」
「さあ……メールを送ってみたらどうですか?」
「そっか、そうする」


佐為に促されてメールを送ってみると、思いがけない返事が返ってきた。


「……今、韓国だって」
「ああ、秀英のところに行ったのかもしれませんね。あちらは日本よりもずっと碁が盛んですし、ヒカルの刺激にもなるでしょう」
「ヒカル君、英語しゃべれたんだ……」


何となく苦手そうなイメージがあったから、少し意外だ。
海外の人と話すには、まず英語が必要だろうから。


「さあ?案外、秀英に訳してもらっているかもしれませんよ。彼は日本語もできますから」


くすくすと笑う佐為は懐かしそうに目を細めていて、きっとその先には昔の彼らがいるんだろう。


どんな子達だったんだろう。
秀英という人は、どんな人なんだろう。

それを私が知らないのは当たり前で、けれど少し寂しい。


彼らの輪の中に入ってはいけるけれど、碁を知らない私は、そこまで深く踏みこめない。
かといって、勉強する気もないんだけれど。


そんなことをぼんやりと考えていた私に、佐為が「それでいいのですよ」とうなずいた。
どうやら、考えがだだもれだったらしい。
あやすように笑われて、恥ずかしさに頬が熱くなった。


そして翌々日、私を通してアキラ君と碁を打つ佐為は、やっぱり本当に楽しそうで。
何だかなあと軽い疎外感を、やっぱり拭いきれなかった。
そんな感情を悟られたんだろうか、検討を終えたアキラ君が心配そうにこちらを覗きこんでくる。


さん、どうしたんですか?浮かない顔してますけど……」
「ああ、うん、何でも   
「ないようには見えないから心配してるんです!対局中も、多分時々佐為を見てたでしょう」


集中しているように見えても、きちんとこちらの様子まで把握していたのか。
軽い驚きと共にため息をついて、年下に悟られるようではまだまだだと苦笑した。


「……みんなの中に入っていけないのが寂しいって、少しそう思っただけだよ」


そんな、仲間外れにされた子供のような、幼稚な感情。
口に出すのも恥ずかしい。

我が事ながら情けない話だと笑うと、真剣な表情でアキラ君がかぶりを振った。


さんは、   言葉は悪いかもしれないですけど、僕達が巻きこんだような人です。そこまで気が回らなかった僕達に、問題があります」


凛とした表情でそう言い切ったアキラ君が、不覚にも格好よく見えてしまって、いやいやいやとかぶりを振る。


大学生と(年齢)高校生。
いけないいけない、これちょっとした犯罪の匂いがする。


   さん?」
「ううん、何でもない。どうもありがとう、アキラ君」


不思議そうに首を傾げたアキラ君に笑ってごまかしながら、しかしと彼を盗み見る。

見れば見るほど、綺麗な顔立ちをしている子だ。
行洋先生も、昔はこんな絶世の美青年だったんだろうか。
お母さんも結構な美人だったから、遺伝子の力ってやっぱりすごい。


きっとアキラ君の子供も、ものすごい美形になるんだろうなあと、何となくそう思った。
その時隣に私がいられたら   とか、考えない考えない。


さん?」
「うん、何でもないよ!よかったら、ヒカル君達のこととか、教えてくれる?」
「もちろん」


今までのことを丁寧にわかりやすく話してくれるアキラ君の横顔を見ながら、年下に恋なんてどうなのよと、密かに自己嫌悪に陥ったのは秘密だ。
私、包容力のある大人がタイプだったはずなのに!