「、早く碁を打ちに行きましょうよー」
(はーいはいはい、バイト終わったらねー)
今日も今日とて碁を打ちたがる佐為をなだめながら、トレイの上に乗ったテーブルナンバーと料理を見比べる。
ええと、7番にアイスコーヒーとサンドイッチで、3番にオレンジスカッシュとエスプレッソとシーザーサラダ。
昼間のカフェは結構な混み具合で、運ぶ側もてんてこ舞いだ。
あと1時間半でシフトは上がりだけれど、それまでにピークを終えられるだろうか。
終わらなかったら抜けられないだろうなあと思ってそっとため息を落としたところで、意外なところから声がかかった。
「 さん?」
「……え?」
聞き覚えのある声に思わず振り向くと、アキラ君が目を見開いて座っていた。
その向かい側に座っている男の人が不思議そうに首を傾げているけれど、一体何がそんなに不思議なんだろうか。
「アキラ君、どうしてこんなところに……」
「イベント帰りなんです。芦原さん こちらの人が、ここのランチメニューがおいしいって」
芦原さんと呼ばれた男性が、人の良さそうな顔で会釈をした。
こちらも会釈を返しながら、アキラ君にごめんねと返した。
「この料理だけ、運ばなきゃいけないから。もう注文はした?」
「いえ、まだメニューをいただいていないので……」
「オッケー、じゃあすぐに持ってくるね。ちょっと待ってて」
急ぎ足で、でも料理や飲み物をこぼさないように気をつけながら、手に持っているトレイの中身をさばいていく。
我ながら、いつになく素早い動きだったと思う。うん。
見苦しくない程度に急ぎ足でカウンターに戻って、メニューを2セットとると、そのままアキラ君達のところへ。
「お待たせしました、こちらがメニューになります。ご注文がお決まりになりましたら 」
「さんのお勧めってどれですか?」
お決まりの文句を言おうとしたら、途中でアキラ君に遮られた。
思わぬ介入に瞬いていると、アキラ君が小首を傾げる。
「さん?」
「 ああ、ええと、ランチメニューでいいの?」
この時間帯はお昼を食べに来る人とお茶だけしに来る人がいるから、とりあえずこれだけは訊いておかなければいけない。
アキラ君がうなずいたのを確認して、メニューをぺらりとめくる。
視界の端で他のスタッフがちゃんと対応しきれているのを確認しながら、アキラ君にはどれがいいかをざっと考えた。
「アキラ君、たしかこってりしたのが駄目だったよね……じゃあ、Cランチがお勧めかも。全体的に薄味のものが多くて、あっさりしてるよ」
「じゃあ、僕はそれを。芦原さんは?」
「俺はBランチ。あ、コーヒーはホットを食後でお願いします」
「かしこまりました。アキラ君は?コーヒーと紅茶、それからこっちのソフトドリンクから選べるけど」
メニューの右下にある欄を示すと、アキラ君が口元に人差し指を当てて考える。
そんな姿も様になっていて格好いい じゃなくて!
「 紅茶は、何ですか?」
「うちはアールグレイを出してるよ。ホットとアイス、ミルクとレモンが選べるけど」
「じゃあ、僕は紅茶のホット、ミルクでお願いします」
「はい。 ご注文を繰り返します。BランチとCランチをお一つずつ、Bランチのお客様はホットのコーヒー、Cランチのお客様は紅茶のホット、ミルクを。お二人とも食後にお持ちいたします。以上でよろしいでしょうか?」
営業モードでそう言うと、アキラ君がおかしそうに目を細めた。
仕方がないじゃない、仕事中なんだもの!
素知らぬ振りでメニューを回収して、オーダーをキッチンに送る。
それから何人かさばいている間に、無事にアキラ君達は食事を始めたようだった。
おいしそうに食べているアキラ君を見てほっとしていると、バイト仲間にちょちょいとつつかれた。
「ねえ、あのイケメン知り合い?」
「友達……かな?」
「すごい!いいなあ」
何がすごいのかはいまいちよくわからないけれど、曖昧に笑って手を上げているお客さんのところに向かう。
何となく、このままの話の流れだとまずい方に向かいそうだと思った。
そんなことを続けること30分ほど、キッチンから出てきたのは奇遇にもアキラ君達のテーブルの飲み物。
「お待たせいたしました」
「ねえ、君、アキラ君とどんな知り合いなのかな?碁をやってるようには見えないんだけど 」
「いえ、時々は打ちますよ。アキラ君とはヒカル君のつながりで」
間違ってはいない。
断じて間違ってはいない。
ただ、ちょっと大幅にはしょっただけ。
それをわかっているアキラ君も、芦原さんの向かい側で小さく苦笑している。
「へえ!じゃあ、この後一局どうかな?指導碁ぐらいはしてあげられるよ」
「芦原さん、そんな 」
「いえいえ、碁石並べをする程度ですから!アキラ君達にも遊んでもらってるっていうか、ね!?」
『私自身の』実力だと、本当にそんなレベルだ。
だからこれも、本当に間違っていない。
実際、ヒカル君とは何度か碁石並べをして遊んだ。
嘘は言っていない、嘘は。
引きつりそうになりながら営業スマイルで答えると、おもむろにアキラ君が助け船を出してくれた。
「さん、バイトは何時までですか?」
「え?あと20分くらいで一応シフトは終わるけど……」
「じゃあ、それまで待ってますね。終わったら教えてください」
にっこり笑って暗に逃げろと言ってくれたアキラ君は、こそりと「芦原さん、結構しつこいから、こうでもしないとずっとつかまったままですよ」と教えてくれた。
……やれやれ、助け船なんだか違うんだか。
|