シフトが終わるまで、本当にアキラ君達は待っていてくれた。
食後の飲み物をゆっくりと飲んで、何やら楽しそうに会話をして。
そんな光景を視界の端にいれながら、くるくるとコマネズミのように働く。
上がりの時間になる頃にはどうにか店内も一段落ついて、時間通りに帰ることができそうだった。
「私、もう上がるから」
こっそりとアキラ君にささやいて、裏に入る。
手早く着替えてタイムカードを押すと、外ではアキラ君達が笑顔で待っていてくれた。
「さん、ここでバイトしてたんですね」
「大学からも家からも近いからね。時給もそこそこだし」
「制服、よく似合ってましたよ」
「……言わないで、本当に」
そんな会話をする私たちを、芦原さんが興味深そうに見ている。
だから、何がそんなにおもしろいんだろう。
確かに、アキラ君は同年代の友達少なそうだけど。
ずいぶん落ち着いてるから、きっと大人の知り合いの方が多いんだろうけれど。
だけど、ヒカル君といる時の彼は、少なくとも年相応だ。
「……この人には、佐為のこと言わない方がいいよね?」
「そうですね……」
ひっそりこそこそとそんな話をしていたら、芦原さんが微笑ましいものを見るような目でこちらを見つめている。
「アキラ君、水臭いじゃないか!こんな可愛い子と知り合いなら、俺にも教えてくれたっていいのに」
「あの、知り合ったのもつい最近なので……」
「それにしても、進藤君つながりねえ……君、ええと、名前聞いてもいいかな?」
「あ、です」
「さんは、進藤君とはどういった関係?」
きたー!!
一番きてほしくない質問がきた!!
思わず助けを求めてアキラ君を見ると、彼もどうしようかと考えているようだった。
数瞬の沈黙の後、不自然にならないようにアキラ君がフォローしてくれる。
「確か、前のバイト先で知り合ったんじゃありませんでしたっけ。ネットカフェでバイトしてたんですよね?」
それはもちろん真っ赤な嘘だけれど、ここぞとばかりに飛びついた。
さすがアキラ君、頭の回転が速い。
ネットカフェでヒカル君といったら、もうあれしかないだろう。
「そうなんです。ほら、ヒカル君ってあの髪だから目立つでしょう?それに、若いのにネット碁なんてやってますし。私の伯父も碁をたしなんでいるので、自然に仲良くなったんです」
すみません、伯父さん。
勝手に名前を使わせてもらいます。
口からのでまかせも芦原さんは気づかなかったようで、「そっかー」なんて明るく納得してくれた。
ほっと安堵の息をつきながらアキラ君に視線をやると、向こうもほっとしたように目を細めている。
どうやら、うまくごまかせたようだ。
「じゃあ、ちょっとどこかで打ってみない?碁石並べだけじゃなくてさ、結構楽しいよ」
「え 」
芦原さんの提案に、一瞬迷ってしまう。
どうしよう、佐為はこの後とても打ちたがっていたから、きっと碁のプロと打つのは楽しいだろう。
けれど、この人に「佐為」を見せるわけにはいかない。
一体どうしたらいいのだろうと困り切っていたら、またまたアキラ君が助け船を出してくれた。
「 芦原さん。実はこの後、さんと約束してたんです。久しぶりに碁でもやろうかって ね?」
最後の一言だけは、私に向かって。
慌ててうなずきながら、なんて気のきいたフォローなんだと感動してしまった。
普通、高校生が(彼は高校に通っていないけれど)、こんなに素晴らしいフォローができるだろうか。
自分が高校生の頃を思い出して、いや今でもできないだろうとかぶりを振ってしまった。
アキラ君は、やっぱりこういうところがとても大人だ。
それを聞いて相好を崩した芦原さんに笑顔で見送られながら、アキラ君が不安そうにこそりとささやいた。
「……さん、この後予定がありましたか?」
「ううん、ちょうど佐為が打ちたがってたから、すごく助かったよ。どうもありがとう」
「そうですか……よかった」
ほっとしたように笑ったアキラ君は、それじゃあと言って近くの碁会所を示す。
彼らと知り合うようになってから気付いたけれど、どの街にも碁会所は結構あるものだ。
「○○プロがよく通う店!」と書いてあるところもあって、どんな人だろうと思わず想像してしまう。
ヒカル君やアキラ君のように、若い人もいるんだろうか。
「うん、そうしようか」
雑居ビルの数階にあるその碁会所はなかなか煙草の煙が強くて、入った瞬間思わず少し咳きこんでしまった。
それに気づいたアキラ君が、気遣わしげにこちらを振り返る。
「……違うところにしますか?」
「大丈夫、ここにしよう」
なんとか微笑んでみせると、アキラ君はまだ心配そうにしながらもカウンターに声をかけた。
何かの新聞を読んでいたマスターは、顔を上げると同時にものすごく驚いた顔になる。
「 塔矢プロ!!」
その一言に、碁会所中がざわめいた。
「塔矢プロだって?」
「なんだってこんなところに!?」
「是非一局……」
「いや、俺も打ってもらいたい!」
「 塔矢!?」
その中で一際大きく響いたのは、若い男性のものだった。
がたりと椅子から立ち上がった彼に、アキラ君の方も見覚えがあるようだ。
「伊角さん……和谷……」
「アキラ君、知り合い?」
「ええ、同じプロ棋士です」
「そうなんだ……こんなに若いのに、すごいね」
アキラ君の後ろから覗きこむように彼らを見ると、若い男の子の方がにやりと笑った。
「塔矢、お前、彼女連れかよ」
「な っ!!」
そこで一気に顔を赤くするアキラ君、やっぱり年相応だ。
それにしても、彼女とはまた恥ずかしい。
私が一方的に……その、彼を好きなだけなのだから。
……むなしいのは気のせいだ、気のせい。
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