絶句しているアキラ君が気の毒なので、後ろから顔を出してぱたぱたと手を振ってみせる。


「私、ヒカル君つながりの知り合いなんです。今日は碁石並べをしてもらおうと思って、つきあってもらってるんですよ」


佐為との一局は、この場にいる誰にも知られてはいけない。
本能的にそう悟ったから、「碁石並べ」と嘘をついた。


「進藤の?一体どんなつながりなん   です、か?」


男の子はすんでの所で、私の方が年上だと気づいたらしい。
アキラ君が片方を呼び捨てにしていたことから考えると、彼は私よりも年下のはずだから。
もう一人の人   ええと、何ていったっけ?   も、微妙な表情で私を見ている。

そんな彼らに、本日2度目の嘘っ子を。


「ネットカフェでバイトをしてる時に、ネット碁やってるのが珍しいと思って声をかけたんです。それから色々親しくさせてもらってます」


にこにこと、あくまでもにこにこと。
邪心なんかありませんよと、目一杯アピールするのがポイントだ。


「そう   ですか」


年上の人の方はそれで納得してくれたらしく、年下の子の腕を引っ張って「和谷、座れよ」とうながしてくれた。
ほっとしながら軽く会釈をして、なるべく煙の少なそうな席を探す。
けれど、それよりも先に、アキラ君に腕を引かれてしまった。


「アキラ君?」
「出ましょう、さん」


いつもの彼にしては少々強引な力に、思わず眉を顰めてその顔を見てしまう。
きゅっと眉根を寄せて何だか複雑な表情をしているアキラ君は、何を考えているのかよくわからなかった。
戸惑いつつも強い力には逆らえず、碁会所を後にする。

そのまましばらく行ったところで、ようやくアキラ君の歩調がゆるまった。


   すみませんでした。つい……」
「いいよ、いきなりあんなこと言われてびっくりしたんでしょ?気にしてないよ」


すまなそうに謝るアキラ君に笑って手を振ってみせたら、また微妙な顔をされる。
けれどそれ以上何も言わず、アキラ君は「家で打ちましょう」と駅へ方向転換をした。


彼の家にお邪魔するのはもう数度目で、その度においしいお夕飯をご馳走になっている。
今回も多分そうだろうと踏んで、手早く家に夕飯不要のメールを送った。


、今日はよかったですね。塔矢と打てるなんて!」
「そうだねー。   アキラ君、佐為がアキラ君と打てるって喜んでるよ」
「え、あ   喜んでもらえるなら何よりです。僕も、佐為さんから教わることがたくさんありますから」


近頃、進藤と少し手が似てきたって言われるんですよ。
進藤もずっと佐為さんから教わってきたんだから、こうして何度も打つと似てくるのは仕方がないんですけどね。


苦笑しながら、それでもアキラ君は楽しそうに話してくれた。
私なんて、打ち方まで個性があるのかと思う程度のレベルだけれど、例えばクラシック通がだれそれの演奏の仕方の方が好きだとかいうのと同じなんだろう。


「でも、ちょっと嬉しいでしょ?」
「え?どうして   
「だってアキラ君、今すごく楽しそうな顔してるもの」


自分では気づいていないだろう点を指摘すると、一瞬きょとんとした顔をされた。
それからだんだん、うっすらと頬が赤くなって、口元を形のいい手が覆う。

その手の人差し指の爪だけがまっ平らになっていて、碁をしているということはそれでしかわからない。
きっと、中指の内側も、ほんの少し皮が固くなっているんだろう。


   見れば見るほど、碁の棋士だとは思えない外見だ。
思わず感嘆の吐息をもらすと、不思議そうに首を傾げられた。


さん?」
「ん、なんでもない。早く行こう!」


アキラ君の家への行き方は、もうわかっている。
私よりも少しだけ高い位置にある顔を見上げて笑うと、アキラ君も笑いながらうなずいた。
彼には見えないけれど、佐為も私の隣で飛び跳ねんばかりに喜んでいる。

今日のイベントの内容を教えてもらいながら電車に乗っていると、あっという間にアキラ君の家に着く。
おしゃべりがこんなに楽しいなんて、今までなかったことだ。


それだけ彼の話術が巧みだということか、それとも単に私の感じ方の問題か。
……恥ずかしいから、前者ということにしておこう。












佐為の代わりに何局か打った後、おもむろにアキラ君がとんでもない提案をしだした。


「一局、打ちませんか?   さんとして」
「え!?いやいやいや、無理だよ!私、基本も何もわかってないもん。だからヒカル君とも碁石並べしかしてないし   
「じゃあ、碁石並べでもいいですから」


どうやらどうしても「私」と打ちたいらしい彼に、小さくため息をつく。
本当に、私の実力なんて碁をたしなむ以前のものだからなあ……。

どうしてこだわるのかはわからないけれど、アキラ君がしたいと言うならしてみよう。
思えば、彼とは佐為としてしか打ったことがなかった。


「じゃあ   私が先で、いい?」


そろりと訊くと、なんとも嬉しそうなうなずきが返ってくる。
先程までとは比べ物にならないほど短い時間で何度も繰り返されたそれは、ヒカル君とのものとはまた少し違って、新鮮で楽しかった。
手が違うってこういうことかと、うっすらわかったその日。