憧れていた空をもう一度見ることは、もう叶わないと思っていた。
望むもの全て、この手からすり抜けて行くんだと思っていた。
「 あー?」
瞬いて、首を傾げて。
ホウメイ、どうしたの。
目の前の女性にそう問いかけられて、思わずかぶりを振ってしまった。
ホウメイって誰、私は。
あなたは誰。
そう訊きたくても口が動かなかった。
まるで赤ちゃんが喋る喃語のような、意味をなさない声しかでてこない。
「あ ああ、あー」
何故、どうして!
必死に声をだそうとして、何度も何度もそれを繰り返し 。
「おはよう」
家を出てまず見える畑にそう声をかけて、古井戸につるべを落とす。
冷たい水で顔を洗って、残り水は畑にまいて。
そんな毎日の繰り返しに慣れて、もう長い。
「もうそろそろ、かな……」
見上げる空は、突き抜けるように高い夏のそれ。
ここで生まれてこうやって生活するようになってから、すでに10年以上が経過している。
もうそろそろ、王が斃れるかもしれない。
ここが自分の生きてきた世界とは全くの別物だと気づいたのは、生まれてすぐのことだった。
周りにいる人々の纏う、自分の常識とはかけ離れた服装。
全く違う生活様式。
そして、紅師と慕われている、人の良さそうな男性の存在。
妹の持ってきた「彩雲国物語」に似ていると思った瞬間、愕然としてしまった。
私はあの時、死んだはずだったのに。
どうしてこんな非現実的なことが起こっているの?
崩れ落ちそうになりながらも無力な赤子のふりをして、ここがどこなのかを知ろうと必死だった。
私の予想が違わず、さらに先帝の時代だとわかったのは、3つの頃。
決断は早かった。
「あの人達には、本当に申し訳ないことをしたな……」
生まれてきた子供が私でさえなければ、ごく普通に子供を育てる喜びを感じられただろうに。
10年以上生活してきた小さな小屋を見上げて、小さく呟く。
母が毎月持ってきていた、新聞のおまけとしてついてきたガーデニングやペットや旅行の小冊子。
それだけが私の知識の全て。
けれど、迷っている暇はなかった。
山奥のこの場所に1人で移り住み、野菜作りに精を出す。
いつかくる、地獄のような飢饉のために。
年端もいかない娘が山奥に1人で住むと言った時、あの人達はどのように思っただろう。
許してくれた時の、諦めたようなあの表情が忘れられない。
時は巡ってきた。
宮中は確実に混迷を増してきていると、紅先生に教えてもらっている。
「 この食料で、どれだけの人を救えるか……」
わからない。わからない。
けれど、最善を尽くさなければ。
朧気になってしまった物語の記憶をなぞりながら、震える手をそっと握りしめた。
そして、先帝が斃れる。
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