残り少なくなった荷物をまとめて背負う。
保存食をすべて倉庫から出して、持っていけるものと置いていくものに分けた。


「芳明さん、何を   !」
「手伝っていただけますか。一人では到底、持ち切れません」


荒らされた畑の作物も、まだ食べられるものはたくさんある。
これは紅先生の一家に食べてもらおう。

一方的に静蘭にそれを言付けて、重たい壷を3つ持たせた。


「ちゃんと持ち帰ってくださいね。一番の自信作なんですから」
「芳明さん   !」
「あ、それから、ここに残っている食料も、全部食べてくださいね。大地に戻すのもいいんですけど、やっぱり人に食べてもらいたいので」


路銀は全くないから、貴陽で野菜を売り払う必要があるだろう。
背中にいつもの籠を背負い直して、つめられるだけの野菜をつめていく。

形が崩れてしまったものは売れないけれど、掘り起こされてそのままのものが多かったのが幸いした。


旅仕度は懐に抱えこむ。
   抱え込むほどのものしか持っていない自分に、思わず苦笑がもれた。

この世界の、なんとつましいこと。
あの世界では、1泊泊まりに来るだけでも、皆この2倍の荷物を持って来ていたというのに。


静蘭を無視して、すっかり暗くなった道を歩き出す。
慣れない場所で夜目が利かないのか、後を追いかけて来る静蘭の足音は、すぐに遠くなって聞こえなくなった。


それに少しほっとしながら、今が盛りの妓郭を目指す。
静蘭には山と食料を分けたから、駄目になった分はあちらに渡したい。


胡蝶に会えるはずもないけれど、奥働きにもなじみの顔は何人もいた。
そのうちの一人に籠ごと渡して、貴陽にいられなくなったと短く告げる。
胡蝶によろしくと伝言を頼んでいると、じきに慌てた様子の妓女が出てきた。


「芳明、これを持ってきなさいな。うちの皆からよ」


訳は一切訊かずに、ただ手の中に小さなものを握らされる。
少なくてごめんなさいという言葉にかぶりを振りながら手を開くと、水晶でできた小さな彫り物だった。
かなり精緻な細工が施されたそれは、売ればかなりのものになるだろう。


「こんなに   !」
「持ってって。あなたがいたから、私達は一人も欠けずに生き延びることができたの。それにくらべたら、こんなもの足下にも及ばないわ」


胡蝶は客の相手で出てこられない。
事情ありらしい私の来訪を、うかつに客の前で告げる訳にもいかない。
手の空いた女性達でとっさにつかんできてくれたのが、これだったのだ。


彼女達の思いやりに、心から頭が下がる。


「ありがとう……ございます」
「もう遅いわ、今日はここで寝ていけばいいのに」
「そんなことをしたら、恐ろしい方から報復をされてしまいますよ」


しつこすぎるほど粘着質なのが特徴でしてと肩をすくめると、彼女もそれが誰を指すのか朧気につかんだようだった。
さっと表情を固くしてぎこちなくうなずくと、最後とばかりに抱きしめられる。


「元気でね、芳明」
「皆さんも。お世話になりました」


荷物の奥に水晶を大事に大事にしまいこみ、勝手口を後にする。

振り向くことはしなかった。
振り向けば、必ず未練が残ってしまうと思ったから。


充分遠くに離れてから、ようやく足を止めて次の行き先を考える。
貴陽を出るにあたって、絶対に赴かなくてはならない場所。


「……気がすすまないけど、やっぱり行かなきゃね」


小さくついたため息は、知らず重いものになった。
朧になってしまった記憶をたどりながら、夜の貴陽を歩いていく。
見ず知らずの街を歩いているような錯覚にとらわれ、小さく笑いがこぼれた。

こんな夜更けに外を出歩くなど、この世界でもなかったかもしれない。


すっかり門のしまった家の扉をたたくと、ややして閂の抜ける重い音がした。


「誰だ?」
「芳明と申します。旦那様と奥様に、お目通り願いたく」


静かにそう告げると、家人の顔が不機嫌に歪む。


「こんな夜更けに、非常識な。日を改めて出直しな!」
「できることなら、そうしたいのですが……今晩貴陽を発つんです」
「そんなこと、知ったものか!」


うるさそうに手を振って門を閉めようとした家人に、仕方がないかと息を吐いた。


   16年前、貴方がたを捨てた子供が、また貴方を裏切りに戻ってきましたと。そうお伝えください。それでもお会いにならないとおっしゃるならば、私は心安らかにここを発つことができます」


ここで待っていますからとお願いすると、訝しげにしながらも家人は奥に引っ込んでくれた。
   程なくして、顔色を変えた家人に引きずりこまれるようにして、中へと通されるとは想像もしていなかったけれど。


「芳明!」
「芳明、こんな遅くにどうしたんだ!?」


ああ、そうだったと、身なりのいい夫婦を見ながらぼんやりと思う。
私を生んだ人達は、そういえばこんな顔をしていた。


顔すらはっきりと覚えていなかった自分にそっと自嘲して、姿勢を正して頭を下げる。


「一生のお願いです」


ごめんなさい、私を生んでくれた人達。




「私と、完全に縁を切ってください」




お腹に力をこめてそう言った途端、2人の顔が奇妙に引きつった。
卒倒しそうな妻を支えた旦那が、「どうして」と消え入りそうな声で尋ねる。
冗談だろうと言いたげな表情に、努めて冷静に返す。


「とてつもなく不本意なんですが、紅家当主に目をつけられました。このままでは、こちらにまで迷惑がかかります。お願いですから、私を勘当して縁を切ってください」


子供らしいことをしてあげられなくてごめんなさい。
親孝行をできなくてごめんなさい。
何一つ、娘らしいことをできなかった。


青い顔でうなずいてくれた「両親」に深く感謝を告げ、謝罪はそっと胸にしまった。
今ここで謝るなど、虫のよすぎる話だ。


「さようなら、   お父様、お母様」


ただ一度、初めてその言葉を口にすることで、謝罪に変えて。
月が雲にけぶる深夜、(彼らの純粋なる厚意で)生家で野菜と換えてもらった金子を懐に、そっと貴陽に別れを告げた。