すとん、と落ちる感覚がして、後はもう何がなんだかわからなかった。


え、あの、今私、集密書庫にいたよね?
ちゃんと棚を完全に移動させてから一歩踏み出したのに、まさか床に穴でも?


尾てい骨の痛みで目が開けられないまま、しばらく激痛と戦う。
そうしてどうにか痛みをやりすごし   




「うわあ、すっごい美形」




目の前に迫っていた金髪美形の顔に、思わずため息をもらしてしまった。


金髪碧眼ってこういう人を言うんだろう。
長髪なのが玉に傷だけど、そのくせっ毛もまた綺麗。


周りがやけに明るいなあと気がついて、書庫の下に何かあっただろうかと首を傾げた。
確かこの下は、上に置かなくなった古すぎる書籍がコンピューター管理されてるんじゃなかったっけ。

その割にはかび臭さがないと辺りを見回して   絶句した。


「……あの、ちょっとお伺いしてもいいですか?」
   何者だ」
「や、あの、ここの学生ですけど。ここってどこですか?」


美形お兄さんの雰囲気がものすごく怖かったけれど、それよりも知らない場所への恐怖の方が強かった。
ここはどこ、これは何、こんなところ私は知らない。


「ねえ、ここ、うちの大学ですよね……?」


風が海の香りを運んでこようが、辺り一面岩肌だろうが、この人の格好がありえなかろうが。
ここは日本で、私の通う大学のはずだ。
それ以外、ありえない。


半泣きになってすがろうとしたら、忌々しげに振り払われた。


「こちらの質問に答えてもらおう。お前は何者だ」
「だから、ここの学生ですってば!」
「ここには学生などいない」
「だってあなた、日本語しゃべってるじゃないですか!」


留学生でもなければ、こんなに流暢な日本語はしゃべれないはず。
そう噛みつくと、お兄さんは訝しげに眉根を寄せた。


「当たり前だろうが。ここは聖域だぞ?」
「さんくちゅあり?ええと、楽園……じゃなかった、神様がいるところ、みたいな意味だった気が……」
「そうだ。ここはアテナが御座す場所」
「……アテナ?」


って、ギリシア神話のアテナ?


えええ、ちょっと待って待って待って。
いつの間に、図書館の地下がスタジオになったの?


「これはもしや、ありがちな夢オチか……」


多分そうだ、踏み出した瞬間に蹴躓いて、今ごろホケカン(保健管理センター)に運
ばれてるんだ。
そう納得したところで、改めて周りを見回してみる。


……変な格好の人達が、わらわらと集まっていた。


中世ヨーロッパの雑兵というか、アーサー王の映画の雑兵というか。
簡素な防具をつけただけの人達が、ものすごい人数で立っている。


「サガ様、その娘は   
「不審者だ。教皇にご判断を仰ぐ」


乱暴に腕をつかまれて、無理矢理立ち上がらされる。
身長差を考えてもらってないから、肩が不自然に引き上げられて、かなり痛い。
顔を歪めて引っ張り下げようと苦戦していると、横から別の声がした。


「私も行こう、サガ」
「アイオロス」


ア イ オ ロ ス !?


あの、アイオロスって、もしやギリシャ神話のアイオロス!?
ゼウス様に愛されちゃったアイオロス!?
風神の長・アイオロス!?


一気にテンションが上がって、思わずがっしと横のアイオロス様(仮)の手を握りしめてしまった。


「あ、ああああの、アイオロス様ですか!?」
「あ……ああ、確かに俺はアイオロスだが……」
「じゃあ、じゃあ、風を操れますか!?っていうか、それはできなくても、風に乗ることはできますよね!やってみせてください、私ずっと憧れてたんです……!!」


いくら映画の俳優さんでも、走るフォームは特訓してあるだろう。
だって、アイオロス様が不格好な走り方をしていたら、もう幻滅だもの!
期待に胸を膨らませて見つめていると、アイオロス様は困ったように苦笑した。


「……サガ、どうしようか?」
「まずは教皇にお知らせすべきだろう。我らに感知される事なく、ここまで侵入できた強者だ」
「……外見にだまされるな、ということか?」


何だかよくわからない会話が頭の上で交わされ(2人とも背が高すぎだ)、次の瞬間には何故かアイオロス様の肩の上に乗っていた。


俵担ぎで。


「え?ちょ、」
「望み通り、風よりも早く走ってみせよう。舌を噛むなよ!」
「あの   ぐっ!?」


痛い。
舌噛んだ。


けれどそれより、ものすごい風の抵抗を感じる。
後ろ向きだからまだましだけれど、これってジェットコースターよりも速いんじゃ……!




         っっ!!」




怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!




頭を占めるのはその単語だけで、後はもうありえないとしかわからなかった。

何なのこの人達、人間じゃない。
もしや、本当に神様!?

混乱した頭でぐるぐると考えている間に、いつの間にか動きは止まっていた。
ひょいと降ろされて、思わずその場にへたりこむ。


「……なあサガ、これは本当に一般人じゃないか?」
「……そうかもしれないな……」


頭上でのそんな会話も、どこか遠い。


「あー、立てるか?」
「あ、ありがとうございま……」


……立てない。
腰、抜けてる。


アイオロス様の手を握ったところで動かない私を不審に思ったのか、美形お兄さんが反対側の腕をつかんで引っ張りあげた。


「行くぞ、娘。教皇がお待ちだ」