「え、あ、痛 っ」
アイオロス様も脇の下に手を差しこんで、容赦ない力で引っ張る。
引っ立てられる悪人のように奥へと連れ込まれて、そこで待っていた人にまた悲鳴を飲みこんだ。
「仮面 !!」
何なのこの仮面、タキシード仮面よりも数百倍怪しい!
表情すらわからないし、第一あれって呼吸できてるんだろうか。
ぴくりとも動かないその人影に、よもや人形ではないだろうかと疑いかけた頃、それがしゃべった。
「サガ、アイオロス、ご苦労だったな」
「は」
何だこの時代劇。
「して、それは?」
「十二宮の麓まで侵入していた娘です。我らに気づかれずにここまで来るなど、不審な点が多く」
お兄さんがそう答えた瞬間、仮面の雰囲気ががらりと変わった。
びんびんに張り詰めた空気に圧倒されて、もう時代劇とか言っている場合じゃないと思い知る。
「……娘、何が目的でこの聖域に来た」
「何が って、言われても……」
「正直に言わねば……」
仮面が言葉を切ると同時に、頭が万力で締めつけられたようになった。
「うぁ……っ!!」
割れそう、じゃなくて、本当に割れる。
頭を抱えたくても、何故か腕がぴくりとも動いてくれない。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
発狂しそうになった時、不意にそれが止まった。
涙目で辺りを見回すと、仮面がまたくぐもった声を出す。
「どうじゃ娘、正直に話す気になったか?」
「し……知らない!知らない知らない知らない知らない!!何なのここ、何なのあんた達!!」
おかしいよ、こんなこと。
全部がおかしいよ!
「怪しげな仮面かぶっちゃってるし、超高速で走っちゃうし、長髪だし何かみんな編み上げサンダルだしアーマーとかつけてちゃうし!ここ日本だよ、何考えてるの!?」
自分のしゃべっていることも、どこか布一枚向こうのように聞こえる。
頭が熱くて、真っ白で、目の前もよく見えない。
後から考えて、多分この時私は、混乱していたんだろうと思う。
「もう嫌だよ!何でこんな変なところにいるの、私!ここに神様がいるっていうなら、会わせてよ!早く私を帰してくれるようにお願いするから!」
「貴様 っ!!」
お兄さんに胸元をつかまれて、息ができなくなる。
どんどん息が苦しくなる中、最後の呼吸を使って叫んだ。
「早く私を帰せ、この誘拐犯!!」
「 何の騒ぎですか?」
「サガ!!何してるんだ!」
不意に凛と響いた、よく通る声。
その後に響いた騒々しい声は、何故かさっきまでと同じようによく聞こえなかった。
声がした方を振り向こうとしても、何かに止められているように顔が動かない。
「アテナ」
呆然としたように呟いたお兄さんの言葉で、声が神様のものだとわかる。
わかった瞬間、叫んでいた。
「帰して!!」
アイオロス様がびっくりした顔で振り返ったけれど、身動き一つ取れない状況でただ叫ぶ。
「もう嫌!早く帰してよ!勝手に連れてきて、神様だか何だか言っちゃって っ!!」
あ、もう無理。
涙、出てきた。
アイオロス様がますます慌てたように私を見た。
「え、あ、君 ?」
「シオン」
またあの凛とした声が聞こえて、いきなり身体が自由になる。
がばりと振り向くと、線の細い女の子が立っていた。
この子が、アテナ?
「ただの、女の子じゃない」
呟いた瞬間、お兄さんの空気が一気に怖くなる。
それが怖くて、もうこんなところにいたくなくて、入口の女の子を押し退けて走り出た。
後ろから怒鳴り声が聞こえたけれど、そんなの知るか!!
ここが本当に神様がいるところなら、どうしても会いたい人がいるんだ!!
走って走って、地面のあるところまで出て。
「……っ、ハーデス様あああああっ!!」
地面をバンバン叩いた。
「おまっ……何やってるんだ貴様!!」
走ってきた金ぴかの人が絶句して腕をつかんだけれど、それを振り払ってまた叩く。
「ハーデス様、一回お会いしてみたいんですぅぅぅぅ!!」
名前を呼びながら地面を2回叩くのは、ハーデス様を呼ぶ儀式。
「ハーデス様ー!!」
「馬鹿なことを……このアテナの聖域に、ハーデスが現れるはず」
「呼んだか?」
「出てきたー!?」
お兄さんの失笑を遮ってにょにょっと出てきたハーデス様に、金ぴかの人がものすごい勢いで目をむいた。
ところてんのような登場っぷりに、思わずぽかんと見上げてしまう。
「……ハーデス、様?」
「いかにも。どうした、娘」
何故かものすごく警戒しているお兄さん達を尻目に、ハーデス様が淡々とした目を私に向けた。
綺麗な目で見られて、どきどきしてしまう。
「あっ……あの!」
大きく深呼吸。
女の子の視線を痛いほど感じながら、握り拳で気合いを入れた。
「私、ハーデス様の大ファンなんです!!」
緊張の糸が切れた。
現実に音に聞こえるほど、盛大に切れた。
「だってハーデス様、アポロンとかゼウスなんかよりもずっといい男ですよ!!ペルセフォネー様を攫いに行って、アルテミスとアテナにぼっこぼこにされたりとか!編み物するぐらいしか能がないとか!基本「妻が!」って言われれば、ほいほいだまされちゃったりとか!ゼウスに溺愛されてたりとか!神具が1人だけ“隠れん帽”なんてダッサイ名前だったりとか!ペルセフォネー様が大事すぎて、今までウッカリ手を出せてなかったりとか!!ハーデス様はピュアな純情ボーイなんですよ!!」
世の中では嫌われ者だけどね、ハーデス様!
某さんの影響で、私はハーデス様が大好きだよ!
立ちすくむハーデス様をぐぐっと見上げて、ずっと気になっていたことをぶつけてみた。
「だから、そんなピュアなハーデス様が、ペルセフォネー様に強制フェ(ピー!!)させたって説は嘘ですよね!?」
……あれ?ハーデス様、凍っちゃった?
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