アポロン様は食欲魔神なんだろうか。
シフォンを横取りされてから、やけに料理を催促されるようになった。
ごねられるのはちょっと困るけれど、満面の笑顔で「おいしい」と言って下さるのは素直に嬉しい。

アフロディーテさんの宮で、居候の私が勝手をするわけにはいかない。
だから、持ち歩きができるクッキーとかマフィンとかを差し上げているんだけれど、そんな小物でも喜んで下さった。
全身で伝えてくださるから、こちらも作り甲斐があるというものだ。

ああ、今日もいらし――。


!今日のてりょガフゥッ!!」
「一度死んでこい」
「一度ではなく何度死んでもよいぞ?」


…………あれ?
アポロン様――の残像だけ見えたぞー?
窓から吹っ飛んでいったように見えたのは、私の気のせいかな?

遠い目をしている私に、迫力美人が声をかけた。
現実逃避してるんです、ちょっとそっとしておいてください……。


「貴女がね?――うん、確かに可愛い」
「ほれ、妾が言った通りだろう?」
「しゃくに障るけど、確かにそうね」


銀の髪がまぶしい、凛とした迫力美人さんの隣には、以前に一度だけお会いしたことがある美人さん。


「お祖母様」
「どうしたえ?そなたに会いとうて来てしもうた」


ゆったりと微笑むお祖母様は美しい。
とっても美人すぎてうっかり忘れそうになっていたけれど、隣の迫力美人さんについて聞きたい!

じっと見つめていると、お祖母様も気づいてくださったようだ。
水を向けるように美人さんに視線を流す。
ああ、その仕草も色っぽいです、お祖母様!


「うん?気になるかえ?」
「――ああ、まだ名乗っていなかったわ。ごめんなさいね、私は……」


そこで何故か言いにくそうに視線をそらした美人さんは、ぼそりと小さい声で続けた。


「…………アルテミス。貴女に迷惑をかけている愚弟の片割れよ」
「………はい?」


――ああ、そういえば。

アポロン様には、双子の女神様がいらしたなあ……。
あの方が個性強すぎて、うっかり忘れてしまっていた。
でも、あの方のお姉様って――。


「大変ですね……」
「重ね重ね……色々とごめんなさい……」


小さくため息をつくアルテミス様の目は、どこか遠くを見ていた。
あちこちで苦労しているんですね、よくわかりました。


ひとまず、アポロン様のつまみ食い用にと用意していたクッキーをお茶請けに、お二人にミントティーをサーブする。

お疲れのアルテミス様にはカモミールの方がいいかとも思ったんだけれど……私がちょっと苦手なんだよね、カモミール……。
ご一緒するのに苦手なお茶を飲みたくない。
あ、そろそろアールグレイが切れるから、アフロディーテさんにお願いしなきゃ。


「あら、ミントティーね」


微笑みながら香りを楽しむアルテミス様に、お祖母様が目を細める。
視線が明らかに私の自慢だから、ちょっといやかなり恥ずかしかった。
そわそわしている私をちらりと微笑ましげに見て、そのままカップを傾けてたお祖母様は、満足そうに一つうなずく。


しばらく無言でお茶とクッキーを楽しんでいたけれど、おもむろにアルテミス様が口を開いた。


……先程も言ったけれど、本当に愚弟が迷惑をかけてごめんなさい」
「そんな!」
「本当にもう、何度言っても聞かなくて……。いっそのこと息の根を止めた方がいいんじゃないかと」
「ほんに」
「駄目ですうううう!!」


過激!
過激すぎますアルテミス様!!
お祖母様もうなずかないでください!!

チィッ!とか舌打ちが聞こえたのは気のせいだ。
こんなに美人なアルテミス様が、そんなはしたないことをするわけがない。
うん、気のせい気のせい。


!さきほガファアッ!!」
「消えろ蛆虫」


気のせい……じゃなかったー!?

い、今の絶対、肋骨とかそのあたりの骨が折れた!
鈍い音がした。
嫌な感じの。


「ア……アルテ、ミス……!!」
「まだ息があったか。生命力だけは強い奴め」
「アルテミス、加減を間違えたのかえ?」
「そのようね。チィッ、急所を潰せばよかった」
「ヒィッ!?」


あ、アポロン様が足の付け根を両手でガードした。

ガタガタ震えているアポロン様を見下したアルテミス様が、どこからか取り出した布で靴の裏を拭いている。
これでもかと何度も拭いた布は、涼しい視線一つでたちまち砂のように消えていった。


「――ああ、アテナ」


アルテミス様の言葉に入り口を見ると、アフロディーテさんを連れた沙織さんがいた。


「アルテミス、デメテル。ヘルメスより早いですね」
「愚弟のことですもの、忙しいヘルメスに任せきりはできないでしょう?」
「妾はの様子が気になっただけじゃ。屑にまとわりつかれるのは可哀相じゃからの」


ヘルメスはポセイドンのところに使い走りをしているえ。


お祖母様……さらっとおっしゃってますけど、叔父様がいらっしゃるのは海の底ですよ。

ヘルメス様の苦労が何となく透けて見えて、思わずもらい泣きしそうになったのは秘密だ。
女神様方に見られたら、多分誤解されてアポロン様が大変なことになる。












(男に対してだけ口調が変わるアルテミス様。自分の片割れであろうが容赦はしません。お祖母様はまさかの番外編で初登場。詳しくはこちらをご覧ください)