「アテナ、お下がりください」
「食べ物ごときで騒がないでくださいな、カミュ」
警戒心ばりばりの金ぴかズをよそに、アテナもとい沙織さんは私の横からヨックモックを覗いたままだ。
「中身は何かしら、シガール?」
「だといいですねえ。私、シガール大好きなんですよ」
「まあ、私もです」
のんびりと会話をしながらぱかりと開けて、予想通りの中身に顔をほころばせる。
「いただきまーす」
「待て!!」
大喜びで食べようとしたら、サガさんに大きな声で止められた。
びくりと反応して動きを止めると、箱ごと奪われる。
「何するんですか!」
「冥界のものが混入されていたらどうする!お前は冥界から戻れなくなるんだぞ!」
ものすごい勢いで怒鳴られて、思わず震えてしまった。
他のみんなも大なり小なり同じ考えのようで、助け船を出してくれる人は一人もいない。
……こんなに嫌われているのか、冥界って。
冥界にエリュシオンがあるからこそ、人は一生懸命生きるんだって、そう聞いたのに。
こちらの冥界は、そんなにも酷いんだろうか。
そんなはず、ない!
「 大丈夫です」
さっきと同じ言葉を繰り返して、サガさんの持っている箱に手を伸ばす。
さらに遠ざけられてしまったけれど、そんなことには構わずに、さらに伸ばす。
「だって、ハーデス様、私のお父様ですよ?」
それにハーデス様は、神話一の情の深さを持っている。
「娘が父親を信頼しなくてどうするんですか?」
私を地上に残してくれた人が、そんなことをするはずがない。
誰が信じなくても、私は絶対に信じてる!
たじろいだらしいサガさんから箱を奪って、欠食児童のように抱えこむ。
そのまま1本取り出して、大事に大事に食べた。
「普通においしいですよ、これ」
「まあ、よかった。私にも1本いただけますか?」
「アテナ!!」
教皇が声を荒げたけれど、沙織さんは周りににっこりと笑いかける。
「これからは冥界の匂いがしません。ごく普通の市販品ですよ」
「しかし 」
「いい加減にしなさい、シオン」
沙織さんが教皇にぴしゃりと言い放った。
教皇がぐっとつまる。
おお、教皇はシオンっていうのか。
どうでもいいことに感動していたら、沙織さんに肩を抱かれた。
「さんの言うことが正しいでしょう。娘を想わない父が、一体どこにいるのですか」
厳しい表情で周囲を見回して、沙織さんが高らかに宣言する。
「冥界は我らの同盟界。侮辱は許しません」
誇り高い表情でそう言った沙織さんは、打って変わって眉根を下げて私に向き直った。
この大人っぽい美人さんが年下だというんだから、世の中はかなり不公平だ。
「申し訳ありません、さん」
「あー……いや、気にしてませんよ。ハーデス様ってどうしても嫌われキャラですし、オフィシャルでアテナはハーデス様を超絶嫌ってますし」
「そんな、私は !」
嫌ってなんかいないと悲鳴をあげる沙織さんに手を振って、安心させるために笑いかける。
「神話の話ですって。お母様はアテナの友達でしたしねー、一説にはアルテミスと一緒にハーデス様をボコってたじゃないですか」
ハーデス様、マジでフルボッコにされてた気がする。
初めて知った時、悪のはずのハーデス様がものっそい気の毒になったもの。
「ただ、ハーデス様はそんなに好戦的じゃないっていうのは、知っていてほしいです」
弱いくせに戦争ふっかけるほど、根性があるはずがないのだ。
そんな暇があるなら、エリュシオンでのんびりしていたい人だろう。
「てなわけで、私の予想としては」
暇を持てあましたゼウスが、ハーデス様に「ちょっとおもしろいことやってよ」と軽ーく脅しをかけたに違いない!
「お前が結婚できたの、誰のおかげだっけ?」とか!!
思いっきり主張をすると、もちろんサガさん達には「何言ってんだこいつ」的な目で見られた。
けれど沙織さんはじっと考えこんだ後、確かにとうなずいてくれたのだ。
「聖戦の際、ハーデスは無意味な殺生を嫌いました。まあ、冥闘士は血気盛んでしたが……」
「でしょう!?」
「それに元々、ハーデスはオリュンポス十二神に参列するのを辞退したほどの奥ゆかしい神。冥界を統べなければならないというその理由からも、勤勉さが見てとれますね」
にっこりと笑った沙織さんが、両手で私の手を握りしめた。
「やはり、ハーデスは争いを好まぬ神でしょう。同盟にもいよいよ期待が持てそうです」
あなたがいたおかげですね、と目を細めて、沙織さんはきりりと表情を引きしめる。
視線の先にいた教皇達聖域の人間が、ぴしりと姿勢を正した。
「ハーデスは私の大切な同盟者。さんはもちろん、使者の方々も丁重におもてなししてください」
「 は」
13人が綺麗に揃って頭を下げるのは、ある意味圧巻だ。
感心しながらしみじみと見ていたら、沙織さんに手元の箱を指差された。
「へ?」
「いただいても、いいですか?」
さっきも食べようとしていたのに、どうしてわざわざ言い直すんだろうか。
その言葉が何を示すのかに思い至って、一瞬後に満面の笑顔になった。
「 はい!」
「ところで、どうしてヨックモックなんですか?」
「様が日本のご出身だと伺ったので……ハーデス様御自らがカタログでお決めになったんですよ」
「カタログ……」
「姫君は何がお好きかとずいぶんお悩みでしたよ、ハーデス様」
「カタログの山を見ながら悩むハーデス……」
「……似合わんな」
「えー?お父様ってそういう根暗なイメージないですか?」
「姫君、シー!シー!!」
「なあ、そのシガール?だっけ。俺にも1本くれないか」
「あ、俺も!!」
「あ、どうぞー」
「アイオロス!ミロ!貴様ら、何を日和っている!!」
「あらサガ、冥界を侮辱することは許さないと、私言いませんでした?」
「は い、いえ、アテナ 」
「……っていうか、みんなで食べませんか?」
「貴女もいい加減マイペースですよね、」
(何が何やら、最後はもうカオス)
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