ついと微睡みから覚めれば、見慣れた黒い双瞳が柔らかく細められた。
照れくささに笑って起きあがると、優しい声で「おはよう」とささやかれる。


「おはようございます、お師様」
「よく寝てたね、シオン。童虎はまだだから、お前も寝てていいよ」


ゆっくりと髪をなでる手の感触がくすぐったくて、嬉しくて、このまま童虎が目覚めなければいいのにと思う。
そうすれば、この優しい手は自分一人だけのものなのに。


「シオン?」

「お師様、お師様は眠らないのですか?」
「私にはシエスタという習慣はないんだよ、シオン。私はいいからゆっくりお休み」


子供には寝る時間も必要だ。


子供扱いされるのは嫌だった。
けれど、師を守るには、自分達の手はあまりにも頼りない。

庇護されて、包まれて、守られて。
   それをしたいのは自分達であり、してあげたいのは師であるというのに。


「お師様、僕はお師様を越えられますか?」


とろりと微睡み始めた頭を叱咤して、目の前の身体にすがりつく。
細い腕と白い指に包まれて、この世で最も安全な場所。
自分と同じくらい長い黒髪がさらりと揺れて、師の顔を軽く覆った。


「そうだねえ……シオンが黄金聖闘士になって、弟子をとる頃になれば、私を追い越すだろうね」


苦笑する気配と共にそう告げられ、一気に眠気が覚める。


「本当ですか!?」
「童虎が起きてしまうよ、シオン」


思わず大きな声を出してしまった唇に指で触れられ、慌てて横を確かめる。
癖の強い茶髪がぴくりとも動かないことを確かめて、小さく安堵の息をついた。


「……すみません」
「元気なことはいいことだよ。素直なこともね」


微笑んだ師に抱き上げられて、そのままリビングのソファに腰掛けられる。
お尻の下にある柔らかい脚の感触に、気恥ずかしさとくすぐったさがわきあがった。


「お師様   
「もう眠くはないようだね」


修行の時はとんでもなく厳しく、勉強の時はとんでもなく明るい師は、寝起きは必ずとびきり穏やかだ。


「何かお腹に入れるかい?」
「いいえ、大丈夫です。それよりお師様、僕は黄金聖闘士になれるんですか?」


懸命にかぶりを振ってそう問えば、再び髪をなでられる。




「お前達ならなれるよ、きっと。誰よりも誇り高く、本質を見誤らず、己を大切にするお前達ならば」




ささやくように答えられたけれど、その意味がよくわからずに首を傾げる。


「……どういうことでしょう?」
「愛とは自己犠牲ではないということだよ、シオン。まだわからなくていい、お前が聖闘士になった時、きっとその意味に気づくから」


そして願わくは、その意味をお前が次代に説いてくれることを。


聖闘士はアテナの戦士。
愛の為に戦う使徒。




……愛とは、何だろう?




ふと沸き上がった疑問に、けれど師はきっと答えてくれないんだろう。

いつの日か自分で見つけられたなら、その時は師に訊いてみよう。
この答えで合っているのかと。



「お師様、手を」
「ん?」
「手を貸してください、お師様」



ただ与えることを良しとしない、厳しい師。

けれどそれは、安穏と知識を流し込まれる状況に甘んじないようにとの教え。
時々訪れる蠍座にこっそりとそう教えてもらってから、考えることが面倒だとは思わなくなった。


「お師様、僕が聖闘士になったら、一緒に十二宮に住んでくださいね」


童虎なんかに渡さない。
お師様は僕のもの。

そんな想いをこめて、手の甲に小さくキス。


「……まるで騎士の誓いだね」
「お嫌でしたか?」


苦笑する師の瞳には、どこか遠くを見るような光。
嫌なことを思い出させてしまったのだろうかと不安になると、それを察したように抱きしめられた。


「懐かしいと、思っただけだよ。こんなことをされたのは、銀の英雄以来だから」
「英雄?」



「無愛想で不器用で幼くて、でもとても頼りになる男だった」



そうささやく師は、本当に懐かしそうに、楽しそうに微笑んでいたから。
何となく置いていかれた気がして、師の頬に自分のそれを押しつけた。


「お師様、やっぱりお師様も一緒に寝ましょう」
「あのベッドは3人で寝るにはちょっと狭いよ」
「じゃあ、お師様のベッドで!」


ぎゅうと抱きついて、隙間もないほどに。
置いていかないで   連れていかないで。


見知らぬ英雄に心の中で叫び、師の首筋にかじりつく。




「……甘えんぼ」




笑われようが構わない。
師が側にいてくれる、それだけが大事なのだから。


「お師様」
「はいはい」

「返事はいっかいー」
「はーい」


じゃれ合うように会話をしながら、いい匂いがする師のベッドに潜り込む。


童虎が起きたら拗ねるだろうか。
それとも、自分もと無理矢理入ってくるだろうか。


おそらくはそのどちらもで、そして何だかんだで自分達を溺愛している師は、それを許してしまうのだろう。

窮屈になるなあと苦笑して、それでもそれは幸せで。
温かい師の腕に抱かれて、その胸元に頭をこすりつけて、小さく呟く。




「お休みなさい……お師様」
「お休みシオン、いい夢を」




優しい気配に包まれて、後はもう夢の中。