彼女はいつも、一人でいる。


この聖域に仮面をつけることなく留まることを許された、ただ一人の存在。
幼い聖闘士候補の師となっているが、女神が何を思ってそれを許したのかはわからない。



   ああ、ディー」


呼びかけに振り向いたは、俺を認めると花が咲くように笑顔になった。


「今日はお弟子さんの修行は終わったの?」
「まあな。そっちも終わったのか」
「んにゃ、今は課題の真っ最中。小宇宙の使用を禁止して、気配だけで私を見つけられるか」


けらけらと笑ったの小宇宙はいつもの通りだが、確かに気配は限りなく希薄だ。


「小宇宙を使ったかどうかなんて、どうやったらわかる?」
「封印してきたし!今のあの子達は、ちょっと身体能力があるだけのただのガキンチョだよ」
「封印!?」


とんでもない無茶するな、こいつ!


素で突っ込んだ俺は悪くないだろう、そうだろう。


「小宇宙にばっかり頼ってたら、いざというときに困るからね。シオンにはサイコキネシスを使ってもいいって言ってきたから、まあ後2時間ぐらいで見つけられるかどうかじゃない?」


ごろりと寝っ転がったは、キトンではない。
もちろん女聖闘士のような格好でもない。


単なるパンツ姿が、かえってその脚の美しさを   って、何を考えてんだ俺。




しっかりしろ、こいつはあのだぞ。


笑顔でニコルに剣を投げつけ、アメストスに跳び蹴りを食らわし、イリアスをスニオン岬から突き落とすような奴だぞ。
こんなことを考えてるなんて知れたら   




「今、何か考えてた?」
「いや何も」





超絶笑顔が恐ろしい……!


こいつは心が読めるのかと戦慄していたら、不意にがぽつりとささやいた。


「ねえ、ディー」
「ん?」


見下ろすと、珍しく真摯な目と視線が合う。




「私がいなくなったら、あの子達をよろしくね」




「……何の話だ?」


嘘だ。本当は知っている。
この少女は、本来ならばこの世界に留まることはない存在なのだと。


我々黄金聖闘士だけに知らされた、トップシークレット。
   弟子の彼らでさえ、今の関係が永遠だと信じている。


「知ってるくせに」


猫のように目を細めたは、もう一度同じ言葉を繰り返した。


「あの子達を、よろしくね」
「……誰が面倒なんて見るか、あんな空恐ろしいガキども」
「あら酷い」
「あいつらは、お前にしか面倒みれないだろ」


だから、行くな。


アテナが降臨された今、遠からず聖戦は再び起こる。
それが終わるまでは、せめて。
   俺達が死ぬかもしれない瞬間まで。


「本当のことだろ?」
「シオンは黒いし童虎は単細胞だけど、どちらも可愛い子達だよ」


そんなに慈しむような目をするくせに、愛情あふれる声を出すくせに、彼女は弟子達を、俺達をおいていく。
何と理不尽なことだろう。




「ディー   蠍座スコーピオンの、ダイダロス」




珍しくも正式名称を呼ばれて気がゆるんだ瞬間、支えにしていた腕が地面からすっぽ抜けた。
勢いで背中から地面に倒れこむ。


「うぉっ!?」
「あははははは、馬ー鹿馬ー鹿」


すっぽ抜いた張本人は、実に楽しそうに   というよりも、苦しそうに腹を抱えて笑い転げている。
思わず殺気を含んだ小宇宙を向けそうになり、先に真っ黒な笑顔を向けられて大急ぎでそれを霧散させた。


「なあ、。あとどれくらいいられるか、わからないのか?」
「大体なら把握できるけど、何月何日にっていうのは無理だね。ちょっとぐらいなら抗えると思うから、まあそれなりに調整はできるけど」


のんびりと言ったは、おもむろにごろごろと転がって俺の横まできた。
無精者め。


「ディー、世界は平和だねえ」
「今はな」
「そりゃ、いつかは崩れる均衡でしょうよ。でも、平和でしょ?」

「……あくびが出るくらいには平和だな」
「良き哉良き哉」


満足そうににんまりと笑い、は両手を大きく伸ばす。


「あんた達やあの子達が笑ってられれば、私はそれで十分なんだよ。世界とか、私は知らないもん」
「なっ、おま……!」


仮にもアテナの聖域で!


「そんなもんさね、私の想いなんて」


小さく笑ったは、そのまま歌うように言葉を紡ぐ。


「アテナと聖闘士とあの子達と。私に関わりのある人達が幸せなら、私はもうそれでいいの」


幻滅した?と尋ねられ、少し考えてからかぶりを振った。


「俺も世界のためと言いつつ、結局アテナのことしか考えてないもんな。同じようなもんだろ」
「ピンポーン」


楽しそうに笑ったが、何かに気づいたように起きあがる。




「気づいたかな?」




呟いた相手は、きっと彼女の弟子達。


「移動しなくていいのか?」
「これで移動したら、それこそ日が暮れても終わらないでしょ。だからこのままでいいの」


必死に探し回っているだろう子供達には申し訳ないが、確かにそれは正論だ。
つられるように苦笑して、微かに覚えている気配を探る。


「あっちか」
「そうそう。多分童虎は半泣きだよね、疲れて疲れて」
「猿だもんな」
「んで、シオンは泣きたいけど我慢して探しまくるの」
「……苦労性だもんな」
「かーわいいんだぁ、私を見つけた瞬間に2人とも涙目で駆け寄ってくるの」


うふふふと怪しく笑うははっきりいって不気味だが、その気持ちはわからないでもない。
とにかく、弟子は無条件に可愛い。


   ま、できるだけ長くいてくれよ?シオンが癇癪起こしてサイコキネシス暴走させたら、教皇ぐらいしか止める相手がいない」
「はいはい」


苦笑するの頭をがしがしとなでると、不満げに口をとがらせた。
子供扱いするなということらしい。


「まだ18だろ、お前」
「身体は永遠の18歳だよ」


精神的にはディーより上!


言い張る様が可愛らしいと、珍しく他意もなくそう思った。
自然に小さな頭を引き寄せて、唇を寄せて。


「ディー!?」



額に軽いキス。



「頑張れよ、オネーサマ」
「うっわ、敬ってない!敬ってない!!」


騒ぐのその向こう、小さな頭が2つ見えた。
……見られたかな、こりゃ。


「おっ、おおおおおお師様ー!!」
「おしさまー!!」


どうやら見られたのはシオンだけらしい。
童虎は純粋にを見つけられた安心感で泣いている。




……よりにもよって、やっかいな方かよ!




泣きながらにすがるシオンから黒いオーラを感じて、どっと疲れが出てきた。
俺の方が泣きたい……!