女同士の秘密の話。
そう言って呼び出したは、嫌な顔をするでもなく笑顔だった。
「どしたのベス、何か悪戯?」
好奇心でいっぱいの目を輝かせるに、自然と私も笑顔になる。
「いいえ、お話の相手になっていただきたくて。弟子への修行は終わったのでしょう?」
「まあねー、童虎は出かける時に超ぐずってたけど」
どんなに背伸びしても、やっぱりまだまだ子供だね。
仕方がないというように笑う彼女は、それはもう慈愛に満ちていて。
「……はアテナのようですね」
そうならば、どれほどよかったことか。
只人でありたかったというのは、あまりにも周囲に対して失礼な願い。
「私がアテナだったら、今頃世界は崩壊してるよ」
「そんな」
「だってそうでしょ?黄金聖闘士達と取っ組み合いの日常だもん」
「……それもそうですわね」
自分を守るはずの剣とデンジャラスなやりとりをするアテナ。
そんなアテナ、確かに聞いたこともない。
「でもなら、いたずらに聖闘士達を死地に送らずに済むでしょう?」
自ら戦う術を持っている貴女なら。
「そりゃそうだけどね。でもねベス、トップが先頭きって敵に突っ込んでいくほど、周囲にとって恐ろしいことはないんだよ」
頂点が倒れた軍隊はもろい。
特に聖戦においては、それはすなわち敗北を表す。
「だから、ベスは戦えなくていいんじゃないかなあ。と、私は思うんだけど」
笑うの身体には、大小様々な傷が刻まれている。
名誉の負傷だと彼女は笑うけれど、見ている私は痛々しくて目をそらしてしまった。
の言いたいことはわかっている。
けれどやはり、何もできない我が身がもどかしくて。
「ベス、ただじっと待ってるだけの辛さはよくわかる」
じっと唇を噛みしめていたら、ついと席を立った彼女に抱き寄せられた。
「私も以前はそうだった。戦場に行く兵士を隔絶された部屋から眺めて、無事に帰ってきてくれるだろうかと祈ってたよ」
「え ?」
強い彼女にも、そんな時期が?
「まあ、あんまり詳しい事情は言えないけどね。それから色々あって、まあこんな風に変貌したというか」
悪戯を告白するように笑った彼女は、そのまま私の髪をなでる。
顔は見えないけれど、小宇宙からはとても温かい気配がした。
「だけどさ、そうやって待ってる人がいるから、戦う者は頑張れるんだって、私は知った」
「待っている人 ?」
「そ。駄目かもしれないって思っても、その瞬間にぱっと顔が思い浮かんでさ。あー、あいつが待ってんなーとか、私が死んだらあいつ泣くかな、いややっぱり爆笑するかなとか思ったり」
……普通、親しい人が死んだら、爆笑はしないと思うけれど。
「あいつの爆笑姿なんて珍しいものを、自分だけ見ずになるものか!って奮い立ったり」
「そういう問題ではないような……」
「こんなもんさね、私達の関係って」
基本的には皆戦う者だったのだと、彼女は笑う。
その笑顔に、今まで彼女が歩んできた道の険しさを見た気がした。
「ねえ。私がここにいる限り、私はベスの友達でいるよ」
不意にそう言われて意図がつかめずに瞬くと、は真剣な表情で私の頬に触れる。
「だから、弱音を吐いてもいいんだよ」
「 !」
アテナ。知恵と戦争の女神。
その化身たる私は、常に前を見ていなければならなかった。
……己が弱さなど、無きものとして扱わなければならなかった。
が来て初めて、私は寂しいという感情を知った。
楽しいという感情も、切ないという感情も、全て全て。
生まれたときからアテナとしてかしずかれ、神の化身としてのみ在り続けたあの年月の、なんと無味乾燥なことだっただろう。
私はアテナであり、その依り代でしかなく、そのままならばきっと後生には歴代のアテナとしてしか残らなかっただろう。
……私という存在は、なかったかのように扱われていただろう。
「私は、ベアトリクス」
「そう、あなたはベス。アテナじゃない、ただのベス」
確かめるように呟くと、も嬉しそうに繰り返してくれた。
「私はベアトリクス、無力にあえぐ娘」
に名を与えられた、一介の娘。
アテナでは、ない。
「んー、それはちょっと違うかな?」
「え?」
「ベスは無力じゃないよ」
思いがけないことを言ったは、瞬く私に優しくささやく。
「ロドリオ村の人達を見なよ、普通の人だけど無力じゃないでしょ?誰かの気持ちが違う誰かに影響して、そうやって人は生きていくんだよ」
普通の人間にも、何かを成し得る力はあるのだと。
そう笑う彼女自身は、お世辞にも普通とは言えないけれど。
小さく笑うと、は不満気に眉を寄せた。
「……何さ」
「に言われたくはありませんわね」
「否定はしないけど何かムカつく!」
こんな風に遠慮なく言葉を交わせる相手がいることの、何と幸せなことか。
アテナとしては不適切かもしれないけれど、こうして感情を持ててよかったと思う。
「……ねえ、」
「何?ベス」
穏やかな気持ちそのままに呼びかけると、むくれていた顔を戻して首を傾げる。
目の前の大切な友人に、ありったけの全ての気持ちをこめて口付ける。
柔らかな感触から口を離すと、は呆然として頬を押さえていた。
「……うわーい、女神の祝福?」
どことなく棒読みなのが少し気になるけれど、軽く睨む振りをしてその額を小突く。
「違ってよ、。私はベアトリクスなのですから」
「……そだね!美女の祝福だ!」
途端に弾ける笑顔は、とても尊いもの。
「ずっとお友達でいてくださいね?」
「飛ばされるまでは側にいるよ。飛ばされても友達に決まってるじゃん!」
満面の笑顔と共に言われたその言葉を、私はきっと一生忘れない。
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