俺のお師様は厳しい。
そりゃあもう厳しい。
可愛い顔して割とどころじゃなくやるもんだ。


「はーい、じゃあ腕立て500回追加ねー」
「うぐぐぐ……!」
「童虎、大丈夫か?」
「シオン、答える余裕もないからやめてあげなよ」


シオンを背中に乗せて、片腕だけでの腕立て伏せ。
死ぬって!マジ死ぬって!!




「ほら、頑張れ」




脂汗がにじみ出て、ぽたぽたと地面にしみを作る。
ほんとにつぶれる……!


ぎりぎりまで頑張ったけど、結局488回目でつぶれてしまった。
べったり地面に張り付いていると、シオンが退いて楽になる。


「488か、なかなか頑張ったね。じゃあ次、シオンいってみようかー?」


それを聞いたシオンの顔が気のせいじゃなく引きつったけど、お前も大変な思いしてみればいいんだ!
にやりと笑ってやると、シオンは悔しそうな目で俺を睨む。


「シオン、童虎よりも少ない回数でへばったりしたら承知しないよ」


にっこり笑顔でお師様が言った瞬間、シオンの顔がはっきり引きつった。


「ま……負けません!」


俺とシオンの体重は大体同じくらい。
絶対勝てると思ったのに、結局490回でシオンの勝ちだった。




「くっそおおお!くそくそくそくそ!!」
「ぼく、のか……ち!」




死にそうになりながらシオンが勝ち誇って笑う。


「お師様、もう一勝負お願いします!」
「いいよー、それじゃあ次は石割り10本勝負ね」


石と石をぶつけて割る修行は、お師様オリジナルじゃないんだって聞いたことがある。
でも、聖域じゃ他にこんな修行見たことないってみんな言うし……誰から教えてもらったんだろ、お師様。

それはともかく石割りは俺の勝ちだったから、満足して立ち上がる。


「お腹空いた子ー?」
「「はいっ!!」」


シオンと競いあうように手を挙げたら、お師様は綺麗に笑ってうなずいた。


「よし。それじゃあ、家まで競争」


よーいどんで走るけど、俺達はまだ光の速さにはなれない。
お師様だけが、ものすごく早く家に着くのもいつものこと。


「「ただいま戻りましたっ!」」
「お帰り、いつもの通り同時だね?手を洗ってらっしゃい、きょうのおやつはスコーンだよ」


スコーン!


お師様のスコーンはボリュームたっぷりでおいしい。
たくさん作ってくれるし、もう最高だ。


「おいしいです、お師様」
「おいしいです!」
「そう、それはよかった」


目を細めるお師様は、修行の時とは別人みたいに優しい。


俺は、お師様のこの目が好きだ。
温かくてものすごく安心できる。


おやつが終わったらシエスタ、そして勉強。
お師様は語学が得意じゃないから、それだけは別の師匠がいるけれど。


「お師様、お休みなさい」
「お休み、いい夢を」


いつもの通りに挨拶をして、シオンと一緒のベッドに潜り込む。
とろとろと微睡んで、気がつくと枕元でお師様が微笑んでいた。


「お師様……?」
「おはよう童虎、相変わらずお寝坊さんだね」


俺の頬に触れる指はお世辞にも柔らかとは言えないけれど、闘う者の手をしている。


「おはようございます、お師様」


起きあがって挨拶をすると、何故かお師様の顔が低いところにある。




「……お師様、背縮みましたか?」
「失礼な。元からこうでしょうが」




べしりとはたかれた手も、そういえばどことなく小さい。


「あれ?」


ちょっと待て。
いつもよりも視界が高いような気が   


「お、おおおお師様。俺、身長何センチですか?」




「嫌だなあ、自分の身長も忘れたの?18にもなって情けない」




お師様にころころと笑われたけれど、そんなことなど構っていられなかった。


「じゅ……18?」


いつの間に10年以上経ったんだ!?

混乱する頭で必死に状況を整理しようとしていると、心配そうな目をしたお師様に覗きこまれた。


「童虎、本当に大丈夫?何だか様子がおかしいけれど」
「お師様……」


そうだ、俺は黄金聖闘士として聖戦を生き残った。
そうして、念願だったお師様との同居を始めたのだった。

シオンには随分と恨まれたけれど、こればかりは仕方がないだろう。


「どうやら寝ぼけていたようです」
「みたいだね。あんた達が子供の頃を思い出したよ」


聖戦が終わって、お師様は少し変わった。

以前よりも砕けたものの言い方をするようになり、年頃の娘のように笑う。
そんな僅かな変化が、俺達にとってどんなに嬉しかったことか。


これでまた、お師様に一歩近づけたと。


お師様はいくつ年を重ねようとも、時が止まったように変わらない。
以前はそれを不思議に思ったものだけれど、真っ黒な笑顔で気にするなと言われたから、それ以降は訊かないことにしている。


シオンに「女性に容姿や年齢を訊くものじゃない」ってたしなめられたし。

ほっとけ!


「あの頃はシオンも童虎も本当に可愛かったね。童虎なんてすぐ泣いて」
「忘れてください、お願いですから」


楽しそうに笑うお師様の言葉に、顔から火が出るのではないかというほど恥ずかしくなる。
お師様にとってはいい思い出でも、俺にしてみれば単なる恥の記憶でしかない。


しかもそれを覚えているのが、よりにもよって愛しい恋人だなんて。


「いいじゃない、確かな成長の記録でしょ?」
「お師様の小さい頃を思い出しても、そう言いきれるんですか……」


お師様の幼少時の事は何一つ知らないけれど、多かれ少なかれ俺と同じような恥ずかしい記憶はあるに違いない。
その証拠に、何かを思い出すような様子を見せたお師様は、案の定苦虫を噛んだような顔をした。


そんなお師様にベッドの上から手を伸ばし、その身体を優しく抱きしめる。
独特の薬草の香りがして、大きく息を吸いこんだ。




「…………」




思い切ってささやいた名前は、口付けの合図。
頬にそっと手を添えて、目を閉じて桃色の唇に。












   童虎!童虎、起きろ!!」


がすりと鈍い衝撃。
痛む顎を押さえて目を開ければ、目の前には何故か顔色を悪くしたシオンが息を切らしていた。


「シオン……?」




あれ、お師様は?




「いきなり何をする、気持ち悪い!」
「俺、何した……?」
「ぼ、ぼぼぼ僕に……!」


「シオンにキスしようとしてたんだよ、童虎」


さっきまで聞いていた声がして、弾かれるようにドアの方を見る。


「お師様!」
「おはよう童虎、よく眠れたかい?」


……つまり、今のは全部夢だったと。
そして、俺は危うくシオンにキスをするところだったと。




「……うーわー……!」




どんな夢見てるんだよ、俺。
そしてやっぱり夢オチかよ!