血にまみれたこの身体でも、姉様はためらいなく抱きしめてくれる。
姉様との出会いは、天蠍宮で。
ダイダロスが騒いでいるから何かと覗いたら、姉様がヘッドロックを決めていた。
「ててててて!冗談抜きで痛え!」
「あっははははは、さあ謝れ!ミスを認めなさい!」
どうやら、ダイダロスが書類でミスをしたようだった。
仕事は速いんだけどね、ダイダロス……。
「……何やってるの」
「あら、可愛い子」
黄金聖闘士と仮面をつけていない女の人のデスマッチ(しかも黄金が負けている)という異様な状況に、思わず呆れた声が出た。
それに反応して振り向いた姉様は、私の顔を見てさっきまでが嘘のように晴れやかに笑った。
……仮面をつけてるから、顔なんてわからないはずなのに。
この人が、アテナから滞在許可を頂いたという外部の人間。
正直どんな輩かと警戒していたけれど、ダイダロスとのやりとりを見てそんなものどこかに飛んでいってしまったものだ。
「ねえ、姉様」
「どうしたの?ラケシス」
聖衣も仮面も全て外して、直接見る姉様の顔はとても穏やかだ。
私の人馬宮はちょっとした小細工を仕掛けて、居住区にはそう簡単に入れないようにしている。
だからこそできる芸当なのだけど、姉様はそんなことを気にしていないようだ。
「私、姉様が大好きよ」
けして強くはないけれど、水と遊んでいるように心地よい小宇宙。
姉様の世界では小宇宙と強さは比例しないらしいから、あの強さにも納得がいく。
ささやくような告白に、姉様は一瞬目を瞬かせた後ににっこり笑った。
「ありがと。私もラケシスが大好きだよ」
ゆっくりと頭をなでてくれた掌は、何度も肉刺ができてはつぶれた痕がある。
姉様は剣を扱うのだと、ディオに聞いた。
だからこそ、手の甲には傷がほとんどないのだと。
お堅いディオは剣を使うことをあまりよく思っていないみたいだけど、姉様は聖闘士じゃないし、ましてや違う世界の人なんだから、それはそれでいいんじゃないかと思う。
それに、女の身で戦い続けることの大変さや辛さは、黄金では私しかわからないと思うから。
「ラケシス、眉間に皺」
「あ」
仮面をつけていると、自分の表情に頓着しなくなりがちだ。
身だしなみを整える必要もないし、化粧もする必要はない。
第一、女聖闘士は女じゃないし。
そんな私に、姉様は身だしなみを整えることの大切さを教えてくれた。
まだうまくできない眉の整え方、荒れ放題の肌の手入れの仕方。
「自分が女であることを忘れちゃいけないよ」
姉様は私の髪に香油を塗りながら何度もそう言う。
「自分が女であることそのものを武器にして、私達は男と闘っていかなきゃいけないんだから」
私には女であることを武器にするという意味がよくわからない。
女は男よりも力が弱い。
体格でも負ける。
「女を武器にするってどういうこと?」
訊いてみると、姉様はちょっと苦笑したようだった。
「アテナは女神。だからこそ、女聖闘士が必要なんだよ」
「……?」
まだよくわからない。
「女神は孤独だ。男にばかり囲まれて、気持ちを打ち明けたいと思ってもそれができない。男にはできないそれが、私達女にはできるんだよ」
甘えるように膝にすり寄ると、ゆっくりと背中をなでられた。
「アテナの意志を尊重するために?」
「そう。男共は馬鹿だから、自分が考えてる『アテナの為になること』が絶対だと信じてる。女の考えることなんて、所詮男が理解することはできないのにね」
どちらかというと男寄りの女聖闘士だけれど、女としてアテナの気持ちに寄り添うことはできる。
「ベスは寂しがってるよ。みんなが自分をアテナとしてしか見てくれないって。ベスである自分が消えてしまいそうだって」
言われた言葉に、頭を殴られたように感じた。
確かに私は射手座。
けれど、私を私として接してくれる仲間がいる。
じゃあ、アテナは?
あの方が現人神だということを忘れていた。
だって、いつ拝見しても神々しくて美しくて、まるで別世界の方だったから。
「だからラケシス、あなたはベスに寄り添って。私がいなくなっても、あの子が独りにならないように」
現在、黄金聖闘士で女性は私だけ。
だから頼むと、姉様が寂しそうに微笑む。
「……はい!」
姉様がそう言うなら、私は他の人に何を言われようとも、アテナを神として見続けるのはやめよう。
普段は普通の女性として。
公式の場ではアテナとして。
節度を守り、ベアトリクス様をお守りしよう。
「姉様、私もいつか姉様のようになりたいです」
分け隔てなく立場に惑わされず、相手の本質を見つめられるように。
憧憬をこめてそう言うと、姉様はどうとったのかころころと笑った。
「やめときなよ、ろくな人間にならないよ!」
「そんなことありません、姉様は理想なんです!」
「……ラケシスみたいな美少女にそんなことを言われるなんて、思ってもみなかったよ」
必死に食い下がっても、姉様は微妙な表情をするばかり。
……まだ子供の私がいうのも何だけど、女の魅力は顔だけじゃないって知らないのかしら。
「姉様は素敵よ、世界で一番」
「日高○里……いやいや、何でもないよ」
あれは大嫌いかとか呟く姉様は、何だかよくわからないけれど楽しそうで。
香油を塗り終わった手をタオルで拭いている姉様にすり寄って、瞼にそっとキスをした。
一人で楽しむのもいいけれど、私達のことも忘れないで。
いつかは帰ってしまう人だから、少しでも私達のことを覚えていてほしい。
「甘えたい年頃なの?」
「そうかもしれません。だって私、まだ11ですもの!」
思い出を少しでも増やすために、ちょっとぐらい子供の振りをしてもいいでしょう?
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