鮮やかに笑うは、確かに記憶によく残る。
今の俺の場合、別の意味でよく残ったが。


「ニーコールっ!!」
「うわあぁぁぁぁっ!?」


どひゅん!と鋭い音がして、剣圧が前髪を1本2本さらっていった。
正面ではロキが青ざめた顔でを見ている(それでも直接攻撃されなかっただけマシだと思う)


大体、は見た目に反して行動が危険すぎる!
ロキと普通に話していただけなのに、どうしていきなり大剣を投げつけられなきゃいけないんだ。

しかも全力で。


「ニコル、よく避けたねえ。すごいすごい」
「避けなければ死んでいただろうが!」
「嫌だなあ、そりゃあ大怪我するかなあとは思ったけど、死ぬだなんて思ってないって」


小宇宙でシールド張っちゃえば怖くないじゃない!


ものすごく本気の表情でそう笑ったは、やっぱりものすごく何かがずれていた。
小宇宙は何でもできる便利な道具じゃない、けして。


「防御系は得意じゃないんだよ、俺は」
「あら、アルデバラン。そんなことでいいの?」
「……その名前で呼んでくれるな」


わかってて呼ぶ分、余計にタチが悪い。


「いい名前じゃない。いかにも牡牛座です!って感じで」
「周りから見たらな」


俺自身の名前はどこに行く。
牡牛座の黄金聖闘士でない時でさえ、呼ばれることのない俺の名は。


ぎりと奥歯を噛みしめた時、不意にの声が真剣味を帯びた。




「役目を負うのは時にすごく苦しいし、重たいけどね。私以外にそんなことを言っちゃいけないよ」


   ?」
「私の知っている男にも、《英雄》と褒めたたえられていた人がいた。だけどその人は、少なくとも狂うまでは、その立場に驕ったりはしなかったよ」


「……狂ってからは?」




そろりと訊くと、は悲しそうな目をして苦く笑った。
それだけで、充分だった。


「ニコル、あんたはまだ若い。だから、自分の立場に驕りそうになる時がくるかもしれない。でも忘れないで、驕った先には滅びしかないことを」


ロキも、と言ったは、くしゃりとその頭をなでる。
……何か、俺と随分扱い違わないか?


「黄金の中ではあんたとラケシスが一番小さいもんねえ……上の人達をよく見て、いいところはどんどん吸収しなさいよ」
「相分かりました」
「いい子ね!」


破顔したがロキに何事かをささやくと、ロキもうなずいて駆け足で去って行った。


「どうしたんだ?」
「ニコルと話がしたいって言っただけ。さっきみたいな問題発言が出てもいいようにね」
「……お礼を言った方がいいのか?」


微妙だ。
ものすごく微妙だ。

問題発言が出ることを前提にされている。


「言わなくてもいいんじゃない?」
「それもそうだな」


適当なに適当に返して、崖っぷちに並んで座る。


「もう、ほとんどの黄金が揃ってるんだよな……」
「後残ってるのは   
「牡羊座、双子座、天秤座、魚座」


聖戦が起こることは、もうほぼ確実だろう。
ロキでさえ、それは覚悟していると思う。


「……マスが随分埋まってきてるね」
「埋まらなきゃいいけどな」
「そうだね」


埋まればそれはすなわち、聖戦の開始を表す。
も真面目な顔で頬杖をつく。


「あの子達もねえ……聖闘士になってほしいとは思うけど、それって死ねって言うのと同じだもんね」


実は複雑なんだよと笑うは、遠く水平線を眺めた。


彼女の弟子のことを言っているんだろう。
まだあどけないと言っていいようなあの子供達を。


「私がいた世界はね、空が酷く濁っているよ」

「……そうなのか?」
「科学が高度に発展した大都市でね、星の力を吸い上げすぎたんだよ」


あの都市の周りは、水も空気も汚れてた。
空には星を砕かんとする隕石が迫っていて、人々は怯えながら暮らしている。


寂しそうに目を細めたが、何かを小さく呟いた。




   セフィロス……」




「ん?」
「ん、何でもない」


ごまかすように笑って、だからと彼女は息をついた。


「こんなに澄んだ海は、なかなか見れないかもしれない。こんなに澄んだ空気も」


ハーデスとの戦いに負ければ、それも全て失われてしまう。


「だから私は、あえて残酷なことを言うよ。   この地上を守って。あの星のように、悲しい姿にならないように」


そして。


「私がここにいる限り、ニコルとあんたを呼び続けることを約束しよう。あんたがあんたである為に」


アルデバランである前に、俺は俺でしかないと。
暗に死ぬなと言ってくれたに、胸が熱くなった。


   なあ、。いつまでここにいられるんだ?」
「あんたもディーと同じことを訊くんだね」


おかしそうに声をあげて笑ったは、頬杖を外して伸びをする。


「時期が近付いたら大体はわかるけど、詳しい日にちまでは……ね」


はっきりとわかれば、俺達も心の準備ができるものを。
仮面をつけないこの異端な存在に馴染みすぎた俺達は、果たしていつから別離の準備をすればいいんだろう。





そっと手を伸ばして、お世辞にも柔らかいとは言えない手をとった。
肉刺が繰り返しできてはつぶれた跡のある掌は、俺達の拳のように固い。
この手で彼女は、一体どれほど大きなものを守ろうとしているんだろう。


星を守る旅。
立ち向かう相手はきっと、《英雄》。


そしてそれは絶対に、と面識があるんだろう。
もしかしたら、親しい仲だったのかもしれない。




もし俺が、黄金の仲間達に拳を向けなければならなくなったら   




考えてぞくりとした。


「どうしたの?ニコル」
「……


ずっとここにいればいいのに。
俺達と共に闘ってくれればいいのに。


「なあ、行かないでくれよ」


すがりつくように、傷だらけの掌に唇を落とす。




「……それでも私は、あの場所に還らなきゃいけないんだ」




そっと目を伏せてそうささやいた彼女の瞼は、小さく震えていた。