面白い存在が飛び込んできたものだと、何の誇張もなくそう思った。
あの娘がこの聖域に現れた、あの日。




「教皇」




恐れる様子も敬う様子もなく声をかけてきたに、好好爺然とした笑顔を向ける。
この娘には、そんな笑顔の裏も読めているのだろうが。


「どうした、
「ベスのことなんだけど」
「アテナの?」


真面目くさった表情で深刻そうに言うに、思わずこちらも態度を改める。
アテナに何かあったのだろうか。




「どうしてあの子って、あんなに可愛いのかしら」
「知るか」





いきなり何を言い出す、このたわけが。


「教皇冷たい!これは重要な問題なのに!」
「知るかたわけが!アテナがお美しいのは今に始まったことではないだろうが!」
「私が言ってるのはアテナじゃなくてベスのこと!アテナは現人神なんだから、神々しいのは当たり前でしょ」


呆れたようにそう言われ、がぴしりと人差し指を立てる。

お前はいつでもアテナをアテナと呼ばないだろうに。
それをアテナご自身が喜ばれているから、こちらとしても別段やめさせようとは思わんが。


「ベスはベスであるだけで可愛いのよ?こんなにすごいことはないじゃない!」
「ああ、わかったわかった」
「心がこもってない!!」


きゃんきゃんとよく吠える奴だ。
適当にあしらいつつ、の狙いがどこにあるのかを探っていく。


「それで、用件は?よもやお前がそれだけのためにここまで来ることはあるまい」
「あら、ご名答。まあベスのことには違いないんだけど」


ひたと見据えてやると、異界の娘は強気な性格そのままに笑った。
酸いも甘いも知っている、老獪な策師のように。


「あの子に、外を見せたいの」
   何と?」
「聖域の外を」
「何をたわけたことを」


アテナがこの聖域から外に出られるわけがない。

ここはあのお方の為だけに存在する場所。
かのお方を守る為の術が整えられた場所。
そこから出るなど、自殺行為に等しいだろう。


「大丈夫。私が守るから」


一笑に伏そうとしても、は余裕の笑顔を崩さない。
それどころか、まるでこちらを諭すような目をした。


「教皇、この地上はアテナが守るべきものじゃないの?」
「無論だ」
「では、守るべきものの姿を知らないままでいいと?慈しむべき対象を直視するなと?」




   盲点、だった。


我らが守るべきはアテナ。
遥か古の時代から、我らはそれだけを受け継いできた。

それのみで、アテナが守るべきものを見落としていた。


「ねえ教皇、そんなアテナは偶像と同じなんじゃないの?」


守るべき対象を知らず、慈しむ対象を見ず。
そんなアテナに、はたして聖戦を行うだけの強さと存在意義があるのかと。

真っ直ぐな目でそう訴えるは、私よりもよほどアテナのことを考えているのではないか。


この娘は、戦うことの何たるかを知っている。
戦う為に必要なものが何かを知っている。


聖戦が起きた時に多少なりとも戦力になるのではないかと、そんな打算で受け入れたが   想像以上に大きな収穫だったやもしれぬ。


「……よかろう。お前が常にお側にあることを条件に、アテナの外出を認めよう」
「ありがとう!」


ぱっと顔を輝かせたは、もう外見相応の気配に戻っている。
だが   


守るべきものを持たぬ者は弱い。
守るべきものの何たるかを知らぬ者は弱い。


この整えられた聖域しか知らぬままでは、アテナは守るというよりも守られる者という意識の方が強いままだろう。
市井を見、外の民を見ることで、アテナは守るべき存在をはっきりと意識するに違いない。


我らの凝り固まった常識を打ち破り、アテナを個人ととらえ、ただその為に動く娘。


「みんなにもお土産買ってきてあげるね。どうせ、ここから出たことがある人なんてほとんどいないんでしょ」
「そうだな……私は時々、ロドリオ村には行くが」
「ロドリオ村はどちらかって言えば聖域寄りでしょ?今回はもっと遠くに行きます」


胸を張ったに、ふと一抹の不安がよぎった。


「……あまりアテナに危険の及ぶようなことのないようにな」
「当たり前でしょ!私がベスを傷つけると思う?」
「思わんが、念の為にな」


そこまで遠くに行くとなると、我らの助力も目も行き届かなくなる。
その状態でもアテナをお守りできるという自信があるからこその発言なのだろうが…。
やはり、多少の不安は仕方ないだろう。


「言ったでしょ?ベスは私が守る。私の戦闘能力をなめないで」


自信に満ちたその言葉はすなわち、自身が黄金聖闘士にも劣らぬ実力を持っているとの証。


   ますますもって、面白い。
知れば知るほど、手放すのが惜しくなる。


「それじゃ、ベスにも言ってこなくちゃ」


足取りも軽く出て行こうとしたの腕をつかんで引き寄せ、血潮が流れる白い首筋に印を与えた。


「な   !!」
「ふふふ、爺の印もたまにはいいだろう」
「よくないわ阿呆!!」


お前はここに在る限り、アテナの為に動く駒。
そしてそのまま、永久に駒として留まり続ければいい。
流れる血潮の一筋まで、アテネの為に使えばいい。

個人的な親愛もあるが、この聖域の長としての打算的な感情。

それすらも気づいているのかもしれぬ、この娘は。
それでもなお笑ってくれているのやもしれぬ。


「アテナに、あまり羽目をお外しにならないようにと」
「はいはい」












適当に手を振ったがこの空間を辞してからしばし。
滑らかな頬を紅潮させたアテナが、軽い足取りで飛び込んでいらした。


「聖域の外に出ても良いというのは、本当でして!?」
「無論ですとも。私は約束を違えはしませぬ」
「ああ、嬉しい!!」


から度々話を聞いていて、是非一度行ってみたいと思っていましたの。
そう嬉しげにおっしゃるアテナの話を聞いて、思わず小さく口元が引きつった。


……よもや、単にアテナを外で遊ばせたいだけではないだろうな、