いよいよ聖戦が近づいてきたらしい。
というのはまあ冗談だが、には確実にタイムリミットが近づいているようだった。
以前からほんの時たま聞こえてくる星の声、その間隔が徐々に狭くなってきているのだ。
時が近いと悟ったは、まず真っ先にベアトリクスにそれを告げに行った。
「ベス」
「まあ、!どうかなさって?」
いつものように笑顔で彼女を迎えたベアトリクスは、しかしその話を聞くと見る間に顔を強張らせた。
「何てこと 」
「ごめんね、最後まで一緒にいられない」
「いいえ!、あなたは初めに言ったはず。ここに留まる限り友であると。遠く離れても友であると」
責めるつもりなど欠片もない。
ベアトリクスは激しくかぶりを振って、の手を両手で握った。
「離れていても、私達はお友達。そうでしょう?」
「もちろん!」
そうして軽く抱き合うと、2人はその後のことについて話し始める。
「貴女の弟子は ?」
「ぎりぎりまで指導はするよ。それでも一人前には程遠いだろうけど……」
何も知らせるつもりはないのだと、彼女は言外にそう告げた。
自身が異世界からの客人だという事実がトップシークレットだと、そう知っているからこその処置。
アテナの守る聖域に、異物が紛れこんではならないのだ。
「みんなにも挨拶をして回るよ。今まで本当にありがとう」
「私こそ、ありがとうございました。、貴女がいたから私は私を見つけられたのよ?」
ベアトリクスと、によって名付けられた少女は涙をこらえて優雅に微笑む。
そんな彼女に微笑み返すと、は振り返ることなくその場を後にした。
刻一刻と迫る時間の中、少しずつ少しずつ別れの準備を済ませていく。
「ラケシス、ベスをよろしくね」
「……はい。お任せください、姉様」
射手座の少女は仮面を外した素顔で抱きつき。
「泣かないでよ。一緒にいられた時間の大切さ、忘れないで?」
「はいっ……!」
あふれる涙をこらえもせずに、姉と慕った少女の肩に顔をうずめた。
「と、いうわけで。もうすぐ私は帰るから」
「おお、帰れ帰れ。これでようやく静かになるわ」
「うっわ、ディオったら可愛くない!!」
しっしと虫を払うような仕草をしてみせた山羊座の青年は、それでもどこか寂しそうな目をしていて。
はそれに気づかぬ振りで、彼の肩を叩く。
「あんたも聖剣を使うくせに、最後まで私の武器を認めてくれなかったね」
「馬鹿者が、俺の聖剣はアテナから賜った特別なものだぞ!」
「はいはい」
適当にあしらったがあまりにもいつも通りで、彼もいつの間にかしんみりした雰囲気を消し去ってしまった。
「ニコル、アメストス、レオ。そんなわけだから」
「早いものだね、もう行ってしまうの?」
「ふうん。ま、達者でな」
「また来いよ」
ずらりと並んだ同い年トリオは、反応も三者三様だ。
とりあえず唯一可愛い反応を返してくれた水瓶座の頭をなで、その他の2人は容赦なく殴っておく。
「レオいい子!他の2人はもうちょっと女心っていうか常識を学んできなさい!」
「ってえ……!」
「酷いぞ、!」
どうやら、穏和な気性の水瓶座の少年は彼女のお気に入りらしい。
そうわかってはいたが……それでもやはり贔屓だと、蟹座の少年は恨みがましくを睨んだ。
「いってえ……」
しんみりとしそうな空気を無理矢理払うように、どこまでもいつも通りに。
「ロキ」
「……行くのですね、。来訪者の少女」
「うん。もうすぐお別れだ」
凪いだ瞳で見つめてくる乙女座の少年の頭をくしゃりとなでて、は小さく苦笑する。
「シオン達もだけど、私はあんたが黄金の中で一番心配だよ。真性の神子だか何だか知らないけど、あんたはもっと人としての喜びを知るべきだと思う」
「詮無きこと。私は神子として生を受け、その為に生きてきたのですから」
何度も交わした同じような会話。
そしてその度に繰り返される同じような返答に、は小さくため息を落とした。
「……生きにくい子」
それでも生きて欲しいと願うのは、私のわがままなのかしら。
「お別れなんだね?」
「そうだね。長いような短いような」
「短いさ。君にとっては」
僕達には長かったかもしれないが。
それが嫌味ではなく、彼らの生全体に照らし合わせたのだと、そう気づけなければよかったのに。
「……だから私はあんたが好きじゃないのよ、イリアス。そうやっていつだって、何もかもわかった振りで」
「臆病なだけさ」
苦笑した獅子座の青年は、右手を差し出してと握手を交わす。
「一時の安らぎをありがとう、異界の少女。君の大切な友人は我らが必ず守ると誓おう」
「……あんた達も、私の大切な友達なんだけどね」
「その釘のさし方は、聖闘士にはちょっと酷だぞ」
苦笑した青年に、しかし少女はうなずかなかった。
「なあ、シオン」
「何だ?」
「最近お師様、すっげえ厳しくないか?」
「……機嫌でも悪いのかな」
敬愛する師の様子がいつもと違うことに気づきながらも、その原因に心当たりがない幼子達は戸惑ったように顔を見合わせた。
「もっと修行、頑張ろう」
「だな!そしたらお師様、きっといつもみたいに戻ってくれるよな!」
真実を知らずに、ただ決意を新たに。
「ディー。私、行くよ」
「……そうか」
短い会話。
それだけで、蠍座の青年は全てを了解したようだった。
「ガキどもはどうすんだ」
「だから言ってるでしょ、あんたに任せるって」
「……お断りだ、あんな恐ろしいガキども」
苦笑した彼は、今にも泣きそうな顔でそう言った。
穏やかな日々は瞬く間に過ぎ、合間をぬっての黄金達との挨拶も済ませ。
そんなある日、アテナの小宇宙が十二宮に響き渡った。
『黄金聖闘士、疾くここへ !!』
悲痛な悲痛なその声音だけで、何が起ころうとしているのかは瞬時に判断がつく。
彼女が去ろうとしているのだ。
この聖域から。
「!」
彼らが駆けつけた時にはもう、彼女の姿は半分以上透けていた。
「やあ、本当にさよならみたい」
のんびりと寂しげに言ったは、淡い光の輪郭を放つ指を差し伸べる。
真っ先にすがりついたラケシスに、慈愛に満ちた微笑みを向けた。
「約束を、忘れないで」
「はい……っ!」
泣きそうな声音でそれだけを絞り出した少女の髪をなで、ぐるりとその場を見渡す。
「今までありがとう。短い間だったけど、あの使命から逃れて騒げて楽しかった」
そして目を止めたのは、ダイダロス。
「本当によろしく頼むよ?かなりてこずるかもしれないけど」
「貧乏くじだ、まったく」
苦笑したダイダロスと拳を軽く触れ合い、は天井を それを通り越して空を仰いだ。
星の声が聞こえる。
抗うことなどできない、絶対的な引力。
「あの子達、絶対泣くよね……」
幼すぎる弟子達を思い浮かべて苦笑し、そのまま涙をこらえているベアトリクスに目を向ける。
自分が名前を与えて生まれた「ベアトリクス」も、あの子達と同じくらい幼い。
白く満ちて行く視界の中、彼女に向かって笑いかけた。
「ベス、大好きだよ。忘れないで、どこにいても私はあなたの友達だから」
「 !!」
アテナと呼ばれる少女がこらえきれずに駆け寄ろうとした瞬間、光が弾けるようにしての姿がかき消えた。
それが、彼女と彼らがまみえた最後。
そして物語は
星を救う旅へ続く
|