一度は跡部先輩に感謝したけれど……やっぱり感謝なんてするんじゃなかった。
ひっきりなしに続く嬌声にうんざりしながら、ずいぶんと気合いの入っているお嬢様方の相手をする。
「はーい、跡部先輩宛のチョコはこちらにお願いしまーす。2年レギュラーへはあちらになりまーす」
やる気のない声を拡声器で垂れ流し、各レギュラーへのチョコを箱に入れてもらう。
女子からかなりのブーイングを受けたけれど、レギュラーの貴重な練習時間を守るためだと伝えた結果、どうにか納得してもらえた。
……ええはい、ファンクラブのリーダーと交流を深めるのって大事だよね?
「忍足君に直接渡したいの……」
「それでは少なくとも、部活が終わるまで待ってください。暗くなるから、あまりお勧めはできませんが」
「…………そう…………」
ものすごく残念そうな顔で、彼女も箱にチョコを入れてくれた。
爪とか髪とか化粧とかにお金がかかってそうだから、多分お嬢様で迎えの車がくるんだろう。
ちらりとそんなことを思ったけれど、次から次へと現れる特攻隊(だから直接渡すには待ってろって!)に、すぐに流れて消えてしまった。
ああもう、ネットでよく見る言葉で言うのも何だけど、跡部先輩爆発すればいいのに。
ライトが煌々とコートを照らす。
あれだけいた女子も、部活終了の時点では十数人ほどに減っていた。
二軍の子達曰く、これでも例年に比べれば奇跡的なほど少ないんだとか。
まあねえ、女の子にも対抗心はあるから、誰かが残るって言い張ると、じゃあ私も私もってなるんだよね。
私を利用するあたり、跡部先輩もしっかりしてますこと。
全校生徒公認の「危害を加えられない」テニス部の関係者でこういうことができるのは、私ぐらいしかいないもの。
声を出し続けたせいで痛めた喉を龍角散で癒しつつ、何箱にもなった段ボールの中身をチェックしていく。
あの騒ぎの中だ、きっと入れ間違えた人もいるだろう。
そんな読みは見事に当たって、向日先輩のところに跡部先輩のが入っていたり、逆に跡部先輩のところに忍足先輩のが入っていたりと、かなりの混乱具合が見て取れた。
二軍三軍のみんなと手分けをして仕分けをしていると、頭の上にひやりと固い感触。
「お疲れさん」
「亮」
喉を労ってか、ミルクティーの缶を目の前にぶら下げてくれた亮にお礼を言いつつ、ありがたくぐいぐい飲む。
牛乳って喉を労ってくれるよね、うん。
「お前、ここはもういいから休めよ。日吉も呼んでたぞ」
「日吉? ああ」
昼間言ってたあれか。
でも、まだ3分の1ほど仕訳が残っているし……。
「さん、後は任せてください!」
「むしろこれだけで済むなんて、俺達にとっては夢のようですから!」
「サンキュー、お前は救世主だ、メシアだ!!」
「……な。いいから行けって」
ぽむ、と音がしそうなおまけつきで、亮に肩を叩かれる。
私としてはその狂喜乱舞ぶりにかなり引いたんだけれど、それだけ毎年こき使われていたということか。
…………気の毒すぎる。
たくさんの感謝と共に送り出されて、亮に教えられた通りに、準レギュラーの部室に向かう。
結局渡しそびれたガトーショコラが、鞄の中で存在を主張していた。
……だから、今更どんな顔して渡せばいいんだって。
これを日吉に渡すことを考えただけで恥ずかしさでのたうち回りたくなるのに、世の女性達は本当にすごい。
どれだけのパワーが詰まってるの、恋する女の子。
数回深呼吸をしてから部室のドアをノックすると、日吉の声で「入れよ」と返ってきた。
他の準レギュラーはもういないんだろう、他に人の声はしない。
ドアを開けると少し汗臭い空気がこもっていたけれど、シャワーがあるせいかさほど気にならなかった。
「呼び出して悪い」
「気にしないで。それより、まだ髪乾いてないよ」
「ああ……いい、どうせすぐに乾く」
前髪をかきあげた日吉の表情は、いつもに輪をかけて不機嫌そうだ。
何か気に障るようなことをしただろうかと一瞬不安になったけれど、今日はむしろいつもよりもテニス部に貢献したはずだから、心当たりは何もない。
「それで、どうしたの?日吉が私に用なんて珍しいね」
「いや、その ああ、くそっ!」
珍しく声を荒げた日吉は、その勢いのまま握り拳をこちらに突き出した。
殴りかかる気かと反射的に身を固めたけれど、どうやらそういうわけではないようだ。
首を傾げて様子を見ていると、何故か舌打ちをされた。
何故だ。
すごい理不尽だ。
「日吉、何 」
「手、出せ」
「は?」
「いいから、出せ」
いつになく乱暴に腕を引っ張られて、堪えきれずに足下がよろける。
倒れこむようにして日吉に身体がぶつかるのに紛れて、手のひらに何かを握りこまされた。
温かくて固い、小さな物。
「……え?」
「やる」
「何で?」
「……今日、あの日だろ」
どの日だ。
まさか、私の生理日とでも言うのか。
かすりもしていないし、第一日吉はそんな無神経なことなど言わないと信じている。
忍足先輩じゃあるまいし。
中を見ろと促されて拳を開くと。
「……ネックレス?」
私好みの、小振りでもなく大きくもない、ピンクゴールドのネックレス。
どうして好みを知っていたのかと顔を上げると、耳を赤くした日吉がそっぽを向いていた。
偶然じゃない。
絶対偶然じゃない。
偶然だったら、こんなに動揺するはずがない。
「……私の好み、どこで知った?」
花音か。花音なのか。
あいつめ、友人を売るなんて!
いつもと変わらない笑顔で下校した友人の首を脳内でぎりぎりと絞めていると、ぼそりと低い声がした。
「お前のことを知っている、人がいた」
「回りくどい。花音なら花音って言って」
「いや、小和田じゃない」
いらついた声を打ち消すように断言されて、私の怒りは行き場を失ってしまう。
花音以外で私の好みを知っていて、かつ日吉と繋がりがある人なんて知らない。
広い校内の交友関係を思い出していたところに、とんでもない爆弾が落とされた。
「和隆さん、と言うらしい。……少なくとも、本人はそう名乗っていた」
「か ず た か ?」
「ああ、名字は一切名乗らなかったが。いくら訊いても教えてくれなかった」
父が必死に引き留めてはいるが、いつまでいてくれるかわからない。
せめてフルネームがわかれば、探す手段もあるだろうにと別の話をし出した日吉の顔の前に、びしりと手のひらを突き出す。
そう、由緒正しい「ちょっと待て」。
「わかった。よくわかった。後で絞めておく」
「待て、お前知ってるのか!?」
「知ってるも何も、うちの馬鹿兄貴だクソヤロウ!!」
「は!?」
兄貴が名字を言わないのは当然だ。
一時期「道場破り」と称して、片っ端からいろんなところの師範や師範代を病院送り一歩手前まで叩きのめしてきたんだから。
まだ中坊だったのに何やってんだ兄貴。
中坊だけに厨二病だったのか。
大人になって顔立ちも変わったからまたうろちょろできるだけで、馬鹿正直に名前まで名乗った兄貴を覚えている大人も多い。
名字の方が覚えられているとわかってる兄貴は、絶対名乗らないはずだ。
そんな兄貴の話と今の状況を踏まえてみると。
「 っ!!」
一気に顔が熱くなるのが、自分でもわかった。
「?」
訝しげな日吉を精一杯睨みつけて、ぺしゃんこに潰れた勇気とプライドをかき集めて。
「 本命チョコだ馬鹿っ!!」
投げつけたガトーショコラは、真っ赤になって呆然としている日吉の顔面にクリーンヒットした。
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