揺りかごでまどろんで、ずっと眠っていて。
目覚めることなどなくていい。









あさぎいろ









3年ぶりに見る虎次郎の部活姿は、片想いの色眼鏡を抜いても十分かっこいい。
あの顔だし、あの性格だし、ここでもものすごく人気があるんだろうなあ。

ぐさぐさと刺さる女の子達の視線を感じながら、居心地の悪さにもぞりと身じろぎする。
虎次郎の部活が見れるのは嬉しいけど、何だかちょっと微妙だな……。


テニス部の人は入れ替わり立ち替わり自己紹介をしてくれたけど、正直言って1回聞いたくらいじゃ覚えられない。
ぽつりと座ってるのも、何だか寂しいし。

だから、部活が終わって虎次郎が迎えに来てくれたときは、ものすごくほっとした。


「お待たせ」
「虎次郎!」


笑ってそう言った虎次郎に飛びついて、ぎゅうと抱きつく。
ああ、やっぱりほっとするなあ。
帰ろうと手を差し出されて、いつものようにその手を握る。

いつもと同じ帰り道。
けれどいつもと違うのは、テニス部の人が周りにいること。


うう、ちょっと怖い……。


虎次郎の大きな手だけが、今の私の頼りだ。
ぎゅうと握ったら、虎次郎がちらりとこちらを見て、手を握る力をほんの少し強くしてくれた。


さんの話、いつもサエさんから聞いてるんですよ」
「そう、なんですか?」
「はい!そのくせ、全然会わせてくれなくて」
「よっぽど大事なんだって噂してたんだよな」
「はあ……」


笑顔で話しかけてくれるみんなに曖昧に返事をして、少し困って虎次郎を見上げる。
すぐに意図を分かってくれた虎次郎は、苦笑してみんなを見た。


「みんな、あんまりを困らせないでくれよ。怯えちゃってるだろ?」
「おっ!びえては、ないもん!」
「声が震えてるぞ」




   っ、馬鹿!」





もう知らない!
虎次郎の手を振りほどいて、全速力で走り出す。




「あ   !」




虎次郎の馬鹿!
あんな、あんなに大勢の前で、あんな風にからかわなくてもいいじゃない!


恥ずかしさに顔が熱くなる。
視界もにじんで、もう滅茶苦茶だ。



虎次郎なんか嫌いよ。
私の気持ちも知らないで、いつまでもお兄さんぶって。
これじゃあ私、いつまで経っても虎次郎から卒業できないじゃない。



ごし、と乱暴に目元を拭う。
ちょっと腫れた気がする、明日は綺麗な二重にはならないだろうな。

そんなことを思いながら歩調をゆるめて、目についた公園のベンチに座り込む。

虎次郎はどうして、私の面倒を見続けてくれてるんだろう。
幼なじみだからっていうのは、もうあまりにもおかしすぎる。
妹みたいだと思うなら、もう離してくれればいいのに。


……一番嫌いなのは、差し出される手にいつまでもすがりつく私だ。



さよならしよう。
虎次郎にも、私にも。
他にいい人、見つけよう。



ぎゅうぎゅう苦しい胸を押さえて、大きく深呼吸。

家に帰って、虎次郎の家に行こう。
笑って好きって言って、それで   




「見つけた……っ」




少し息切れした声に、思考回路が真っ白になった。
なん、で   


、探したよ」
「こじろ……」


喉が詰まったように、声がうまく出てくれない。

やめて、こないで。
さよならする勇気、まだ固まってない。


「もう暗くなるんだから、あんまり心配させないでくれよ」


苦笑した虎次郎の言葉に胸が痛くなる。

ああ、虎次郎はやっぱり「お兄さん」なんだね。
いくら背伸びしても追いつかない、私じゃつりあわない。


「危険な目に遭ってるんじゃないかって、気が気じゃなかった」


逃げることもできないでいる私の頭に、虎次郎の大きな手が乗った。



   っ!」



反射的に払いのけて後ずさると、虎次郎が驚いたように目を見開く。


?」
「やだ……!」


もう嫌、泣きたい。
こっちの気持ち、全然わかってくれないんだもん。


「やだ、やだやだやだやだ!虎次郎なんて嫌いよ、いっつもお兄さんみたいな振りして!」
   それは」
「妹なんかじゃないもの、私!同い年なんだよ、わかってるの?」


いつまでも、手を引かれて歩いていたあの頃のままじゃいられない。
私も虎次郎も、嫌というほどに成長してしまった。




「……いさ」




低い低い虎次郎の声。
低すぎてかすれて聞こえなくて、思わず首を傾げて虎次郎を見てしまう。



「え?」



が妹なんかじゃないって、嫌ってほどわかってるよ」
「嘘!」


じゃあ、いつでも変わらないあの優しい手は何なの?
微笑ましげに細められる目は?


「嘘なもんか。……ねえ、俺がいつも何を考えてるか知ってる?」


   怖い。
虎次郎の目が、いつもと違う。


無意識に後ずさろうとして、でもすぐに背もたれにぶつかってそれもできなくなる。


「こじ……」
がいつまでも昔と同じように接してくるから、ずいぶん苦労してるんだぞ」
「そんなの、」


震える声で反論しようとしても、屈みこんだ虎次郎にずいと顔を寄せられて小さい悲鳴に消えた。


「中学に入ってから、はどんどん綺麗になってくし。やっぱり東京のど真ん中は違うんだな」


綺麗になったなんて、そんなことありえない。
周りのみんなはもっともっと綺麗で、私はそんなみんなと並んでも恥ずかしくないように精一杯なのに。

氷帝なんかにはお化粧している人も多いって聞く。
きっと、うちの学校よりももっときらびやかなんだろう。


「俺が毎日どんなに心配だったか、わかる?」


虎次郎の唇がすぐ目の前にあって、しゃべる度に吐息がかかる。



「氷帝だって近いし、他にも男子校はいっぱいある。地元でしか一緒にいられない俺が、どんな思いで毎日迎えに行ってたかわかる?」



   え?


「昔みたいにいつも一緒にはいられない。向こうにはもっとあか抜けた奴だっている。……気が気じゃなかった」


両手を背もたれにかけて、私はその中に囲いこまれて。
……こんな虎次郎、私知らない。


がどう思ってるか知らないけど。   俺はずっと、が好きだった」


射抜くような目でとらえられて、低い声でそう言われて。
信じられなかった。



「……うそ」



ぽつりと落ちた呟きに、虎次郎の目が鋭く細まる。


「嘘、そんなの」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「だって   
「本当かどうか、試してみればいい」


そう聞こえた瞬間に抱きしめられて、反射的に抜け出そうと暴れる。
けれども虎次郎の腕はびくともしなくて、恐ろしさに涙が出てきた。

何度も抱きついたり抱きしめられたりしてきたけど、これは全然違う!



「や   っ!」
「好きなんだよ!信じろ、馬鹿!」



血を吐くように叫ばれて、もがいていた腕が思わず止まる。
痛いくらいの腕の力も、怖いくらい真剣な目も、それが本当だと示していた。

私もと返したいけれど、恥ずかしくてとてもそんなことは言えない。
だから身体の力を抜いて、精一杯の勇気を振り絞って服の胸を握りしめた。
それだけで、虎次郎ならわかってくれると信じて。

残る勇気を最後まで振り絞って見上げると、虎次郎の目が優しくなっていた。



「……キスしていい?」



耳元でささやかれて、反応するより先に視界がかげって