私が見に行っていなかったと勘違いして、機嫌が悪くなっていたらしい。


なんて子供じみた理由なの……。


少し呆れたけれど、ちゃんといたと言ったら機嫌が直ったからよしとしよう。
嘘は言っていない、嘘は。








またね、と嘘をつ









今日で学園祭も最終日。
長かったような短かったような、何だか不思議な気分だ。

テニス部と予想以上に関わりあってしまったのは誤算だったけれど、それ以外はおおむねいい経験だったかもしれない。


尊敬できるだけの人物に会えた、それだけでももうけものだ。


昨日以上ににぎわう会場を巡回しながら肩を回すと、ばきばきと間接が音を立てる。
全部終わったら整体にでも行かなければいけないかもしれない。

そんな考えがちらりと頭をよぎった。


「手塚君。機具に異常があったり、材料が足りなかったりは?」
「いや、大丈夫だ」


ザラメも割り箸も充分にあるし、機械の調子もいいと言う手塚君にうなずいて、次は金魚すくい。


「海堂君、異常はない?」
「はい」


目付きが恐ろしく悪いことを抜かせば、海堂君はごく普通の礼儀正しい中学生だった。
人間顔ではないと言うけれど……彼の場合、絶対に損をしているんじゃないだろうか。

気をつけてとでも言いたげに見送ってくれる海堂君に頭を下げながら、こっそりと苦笑した。


昼をすぎて、人ごみのピーク。
今ここでアクシデントが起きたら、そうそうすぐには対応できない。

だからこそ、巡回は慎重に行わなければいけないのだ。


「イベントだからといって、本人の許可なく写真は撮らないでくださいね」
「いいじゃない、ちょっとくらい!」
「みんながそうやって撮れば、ものすごい枚数になるんですよ。メモリーはお預かりさせていただきます、跡部委員長に提出するので」


委員長の名前を出した途端に、相手の顔色が変わった。
先程までの抵抗ぶりが嘘のようにおとなしくメモリーを差し出したその様子に、委員長の影響力を改めて思い知る。


そんなに嫌われたくないのなら、初めからやらなければいいだろうに……。


今日だけでもう6枚目になるメモリーを、壊れないように小さな缶に入れる。
昨日も全部で20枚以上になったし、女子生徒の執念はすごいものを感じた。


「失礼します」


委員長は模擬店参加もしているから、会期中は管理本部長が委員のまとめ役だ。
この2日間だけで心なしかやつれてしまった本部長を気の毒に感じながら、巡回報告をする。


「模擬店各所の異常はありません。ただ、無断で参加者の写真を撮っている女子生徒を発見したので、メモリーを回収しておきました」
「ご苦労様。……あー!やっぱり俺には荷が重すぎるなあ、本部長」


忙しすぎてうまく仕事をさばけないと嘆く委員長に深く同情した。


端から見ていても、この仕事量は明らかに一般人の容量を超えている。
本部長以外にも何人かで分担してはいるけれど、委員長はこれを毎日たった1人でこなしていたのだ。


「……委員長、すごい人ですよね」
「そうだなぁ」


しみじみとうなずきあって、おそらく模擬店も先頭きって仕切っただろう委員長を思い浮かべる。

やっぱり、あの人は私達とは違う次元の人だ。


もう一度巡回をしながら本会場のブースを覗くと、乾君が困ったような表情でノートと睨めっこをしていた。


「……どうしたの?」
「ああ、君か。実は売り上げの伸びがあまりよくなくてね……。このままでは、優勝は危ないかもしれない」
「そう……」


それはやっぱりいただけない。
何かいい案はないだろうかとメニューを見て。




「……このドリンク。モロヘイヤとゴーヤをオレンジとロイヤルゼリーに変えてもいい?」




   栄養的には問題ないな」
「ありがとう」


乾君の許可をもらって、デザート用のオレンジとロイヤルゼリーを迷わず攪拌する。
他の材料と混ぜ合わせると、見るからに危なそうな色だったドリンクが普通のそれになった。


「越前君、これ飲んでみてもらえますか?」
「なんで俺が……」
「乾君か不二君が試飲をしてもいいんなら、2人に頼むけど   
「是非やらせてもらうっス」


ころりと態度を変えて即答した越前君のお墨つきをもらって、喉が渇いた人へと宣伝を始める。


「これで巻き返せればいいけど……」
「勝率は半々だな」


後は運を天に任せようとうなずきあった。












部員全員で頑張った甲斐があって、なんとか優勝できた。
不二君はボーカルユニットも前日に優勝したらしく、特に嬉しそうだ。


「おめでとうございます」
「いや、が協力してくれたおかげだ。テニス部を代表して感謝する」


手塚君とそんなやりとりをしていたら、ふと目が合った委員長に手招きをされた。


   何だろう?


首を傾げながら優勝にわきたつ部員達からそっと離れ、早足で委員長の下に向かう。
後片づけでごった返し始めた会場を離れて小さめの会議室に入ると、委員長は意外にも真面目な表情で振り向いた。




「お前、氷帝に来ないか」
   はい?」




冗談かとも思ったけれど、その表情を見る限りは真剣なようだ。


「お前ほどの能力を、青学なんかで腐らせておくのはもったいない」
「……ありがとうございます」


私の能力を評価してくれるのは、正直嬉しい。
委員長に「欲しい」と言われるのは、私にとってこれ以上ない栄誉だ。


でも   


「ですが、私は青学から動くつもりはありません」


私は私の意思で、青学に入学することを選んだ。
それは何があろうと、変わらない。


「……そうか」


残念そうに苦笑した委員長に45度のお辞儀をして、早足で会議室を出た。


片づけもかなり終わってしまっているだろう。
急いでブースに戻ると、不二君と乾君だけが残っていた。

私の姿を見た乾君は、軽く手を上げて椅子から立ち上がる。


「じゃあ、俺はもう行くよ」
「ああ」


不二君もうなずいて立ち上がり、私の前までやってきた。


「跡部、何だって?」
「氷帝に転校しないかって。断ったけれど」


肩をすくめると、不二君の表情が少し和らぐ。


「もう後夜祭が始まってるよ。僕達も行こう」


手首をつかまれて、有無を言わせずキャンプファイヤーに連れて行かれた。
人気の多いところに着く前には、さすがに離してもらったけれど。


「踊れないわよ、私」


輪に入れられる前に主張しておくと、不二君も悪戯っぽく笑う。


「僕も。向こうに行く?」


できれば1人でいたい。
不二君といるだけで、それとなく女子生徒からの視線が集まっているのだ。

これ以上、危ない立場に立ちたくはない。


「……1人で行けるわ」
「暗いし危ないよ」
「大丈夫よ。ここには参加者しか入れないもの」


ついて来たそうな不二君をかわして広場に逃げてくると、ざわめきも音楽もだいぶ小さくなる。
ようやく一息つけると表情をゆるめた時、できれば聞こえてほしくなかった声が聞こえた。




「やっぱりここだった」
「……1人で大丈夫だって言ったでしょう?」


「僕が、さんと話したかったんだよ。   いいかな?」




僕が、を強調された。
渋々うなずいて座りなおし、不二君と話す体勢を整える。


「何でしょう?」
「敬語はなし。いい?」


ものすごい笑顔で釘をさした不二君は、一転してとても真剣な表情になった。


さんは、天才っていると思う?」
「いいえ」
「……よかった」


即答したら、ほっとしたように彼の頬がゆるむ。


「不二君も跡部委員長も、天才なんかじゃないでしょう?努力して勝ち得た才能よ」


天賦の才も確かに必要。
けれどそれよりも、努力することが何よりも大切だ。

うっすらとくまを作っていた委員長を思い出しながらそう言うと、何故か不二君がまた不機嫌そうな表情になる。


「……さんは、跡部が好き?」
「尊敬してる。あの人はある意味、私の目標だから」


何でもそつなくこなせるように見せられる、あの余裕がほしい。




「じゃあ   僕が好きだっていったら、迷惑かな?」
「え   ?」




脳が一瞬クラッシュして、次いで意味の理解を拒否した。



よりにもよってテニス部から告白されるだなんて、そんな。
平穏な生活が根底から崩れてしまう。


「嘘でしょう?」
「僕は本気だけど?信じてくれないのも無理はないけどね」


僕たちはお互い、探り合いすぎたから。


苦く笑うその表情で、残念ながら彼が本気だとわかってしまった。
わかった途端、どうしたらいいのかわからなくなる。


私は一体、どうしたいんだろう。
デメリットの大きさを考えたら、即答で切り捨てるべきなのに。


   どうして謝罪の言葉が口から出てこないの?


絶句したまま動けない私に、不二君が一歩近づく。


「……さん」
「来ない、で」


絞り出した声は、情けないほどに震えていた。
その制止を無視して、また一歩。


「逃げないで。僕は君のことが好き、君は僕の気持ちが迷惑?」
「それは   
「嫌いなら嫌いって言ってほしい」


言葉に詰まった瞬間にたたみかけるようにそう言われ、反射的に小さく反応してしまう。
それでも何も言えずにいると、ため息をついた不二君が静かに横に座った。


「利害は関係ないだろ?好きか嫌いか、それだけ教えて」
「私、は   


認めたくない。
認められない。


けれど   




   好きよ。悔しいけど」




色々な意味で最悪な相手に惚れていたらしい。
苦々しい表情を隠さずにそう告げると、不二君が嬉しそうに笑った。


じゃあ、と言いかけた彼を遮って、代わりに強気な笑みを浮かべる。


「付き合うなら、条件がひとつ」












「写真の横流しなんて、も考えたね」
「そうしなきゃ、私の身の安全が危ないもの。彼氏ならきっちりと協力してね?」


周助が撮った、しっかりとカメラ目線のテニス部レギュラー達の写真。
本人達も了承済みのそれらを整理しながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべる我が彼氏殿に口元をつり上げた。


これらの写真と(本人が許可する範囲の)周助のプライベート情報を横流しすることで、当面私達の関係は容認されている。
図らずもとんでもない人と付き合う羽目になった私の、これが最善の処置。


「ほら、そろそろ行くよ」
「はいはい。今日はモンブランだっけ?お姉さんもお菓子作りが好きね」


いつもおいしい由美子さんのケーキを食べるために、周助と並んで部屋を出た。
さて、久しぶりに会う裕太君にも挨拶しなくては。