借りたTシャツは洗濯をしてアイロンをかけた。


……何だかどんどん、ファンクラブに喧嘩を売られそうな状況になっているのは気のせいかしら?
何とかして対策を立てなければ。








その手の先に









学園祭が始まった。
客の入りはまずまずで、私達も頑張った甲斐があるというものだ。


「盛況ね」


隣のブースの担当委員が、弾んだ声で話しかけてきた。


「ほんと!こんなにすごいものになるとは、思いもしなかったわ」


答える私の声も、知らず弾む。


各学校の生徒だけではなく、地域の人やカップルの姿も見られた。
跡部委員長がテレビのCMを流したらしいけど(最近はテレビを見る暇もなかったから直接は知らない)、効果は確かにあったようだ。


「午後のステージ、見に行く?」
「模擬店の様子によるわねえ。あんまり忙しくて回らないなら手伝わなきゃいけないし」


生徒はほとんどステージに殺到するだろうけれど、模擬店もおろそかにはできない。
楽しみに来てくれるお客様は、大切にしなければいけないから。


「真面目ねえ」
「そっちこそ」


彼女もろくに模擬店から動いていないことは、こっちだってわかっている。
顔を見合わせて苦笑しあい、そのままお互いのブースに戻った。


ひっきりなしにやってくるお客さんで、店内は盛況だ。
チャレンジメニューを注文する人も時々いて、予想通りに全員ドロップアウトしていた。

こちらとしてはその方がありがたいんだけれど、何だか少し気の毒……。


「予想通りだな」
「乾君……完食する人、いないんじゃないかしら」


実に満足気な乾君に、思わず苦笑ならぬ苦い顔になってしまう。




「そう簡単に飲めてしまったら、おもしろくないじゃないか」
「……そう……」




今のキャラではこれ以上言い返せなかった。


複雑な表情で曖昧にうなずいて、後でこっそりとレシピを差し替えてしまおうかなどと思う。
多分すぐに気づかれるけれど。


「先輩、皿が足りないっス」
「あら、じゃあ持ってくるわね。どれくらいあれば足りそう?」


困り顔の1年に笑いかけて、ポケットの中の倉庫の鍵を確かめる。
のんびりしてはいられない、仕事は次から次へと舞いこむのだから。


「あ、不二君」


裏手でオーダーの準備をしていたら、ずっとウェイターをしていた不二君が下がってきた。
これ幸いと呼び止めて、バッグからTシャツを取り出す。


「これ、どうもありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。わざわざ洗濯してくれたんだ」
「当たり前でしょ?」


別にいいのにと言わんばかりの表情にため息をついて、綺麗にたたんだそれを差し出した。


「あ、そうだ。この後1時半からボーカルユニットでステージに乗るんだけど、見に来てくれるかな?」
「こっちが暇ならね」
「大丈夫だよ。乾も越前もいるし」


とてもにこやかに酷いことを言って、不二君は来てねと言い残してさっさと表に出てしまう。


何だろう、この理不尽感。


ただでさえ彼とは接近しすぎているのだから、これ以上ファンクラブの目につくような行動は避けたい。
確かに彼のステージに興味がないと言えば嘘になるけれど、私は我が身が可愛いのだ。


「……でも、行かなかったら行かなかったで面倒なことになるわよね」


不二君がいつまでたっても愚痴愚痴と文句を言ってきそうだ。
仕方がないとため息をついて、予防線を張るために踵を返した。












他の団体のステージも盛り上がっているけれど、やっぱりテニス部が参加しているものは熱狂ぶりが半端ない。
不二君達4人がステージに飛び出した瞬間に巻きおこった黄色い声に、台車を動かしながら思いため息をつく。


耳がおかしくなりそうな音楽と歓声の嵐。
鈍い痛みを訴えてくるこめかみをこっそりと揉みほぐして、カーテンの隙間からステージを覗く。


まぶしいスポットライトに照らされて、練習期間が2週間足らずというのが信じられないほどしっかりとした歌唱力。
他の人達に比べて不二君の視線が定まらないのが少し気になったけれど、意外に緊張しているのかもしれない。


微笑ましくなって、思わず小さく笑いがもれた。
案外可愛いところもあるものだ。




「……頑張って」




誰にも聞こえないようにささやいた言葉は、喧騒にまぎれてひっそりと消えた。












ステージが終わって、次は演劇部の番。
あれこれと手伝って綿菓子屋に寄ってからブースに戻ると、越前君がげんなりした表情で裏方をしていた。


「どうかしたの?」
「不二先輩……」
「不二君?」


彼がどうかしたんだろうか。
そっと表をうかがうと   なるほど、彼がげんなりするのもうなずけた。


不機嫌だ。
この上なく不機嫌だ。



表面上はいつもの笑顔を浮かべているけれど、雰囲気がこの上なく刺々しい。
お客はごまかせても、長くつきあっている部活仲間と、彼と同じように擬装に長けている私はごまかせない。

一体どうしたのかと、ステージ前まではご機嫌だった様子を思い出してため息をつく。


「越前君。申し訳ないけれど、少ししたら不二君と交替してもらえますか?少し気分を落ち着けてもらった方がいいみたい」
「っス」


一も二もなくうなずいてくれた越前君に小さく頭を下げて、どうしたものかと額に指を押し当てる。


誰にも邪魔をされずに話せる場所なんて   




「……気が進まないけど……」




木材などの大きな廃材を一時保管するための倉庫。
そこぐらいしか思いつかない。

仕方がないと諦めて下がってきた不二君を引っぱり、人目を避けて倉庫に滑りこむ。
しっかりと扉を閉めると、向き直る間も惜しんで口を開いた。


「どうしてそんなに不機嫌なの?お客さんにも雰囲気は何となく伝わるし、気持ちの切替えができないなら少し休んで欲しいのよ」


時間は3時半、そろそろ小腹が空く時間帯。
ますます忙しくなってくるのは目に見えているから、さっさと話を終わらせて帰りたい。


自然きつめになってしまった口調に、不二君がほんの少し傷ついたような表情になった。




「……みが、いなかったんじゃないか」
「……は?」