「ー、なにしてんさ?」
そんな一言から始まった騒動。
「うわっ、ちょっ、飛びつかないで!」
元気に脚に飛びつく様はさすがウサギと言うべきか、けれど今はそんなものに和んでる場合ではない。
「危ない!」
右手に包丁、左手に人参。
料理中にそんなことをされては、いつどちらが怪我をしても不思議ではない。
「ラビ、やめ!」
「……はーい」
残念そうにしょんぼりと耳を下げるラビは可愛いことこの上ないけど、怪我をするぐらいならこんな風にさせても仕方がない。
「、なにしてんさ?」
ラビ、小首を傾げてリテイク。
可愛いけどさ……可愛いけどさ……!
「お料理。刃物使ってるから危ないの、わかる?」
「……うん」
「じゃあ、あっち行っててね」
「でも、おれ、のおりょうりみてたいさ!」
「…………」
いや、あの、だから。
「おねがいー!」
「…………わかった」
と、いうわけで。
脚立の一番上にちょこんと腰掛けて、好奇心いっぱいの目でじっと見つめるラビ。
そんな様子はお世辞抜きで可愛らしい。
可愛らしいとは思うけど、見ている対象がいつでもどこでも私となると、ちょっとどころではない居心地の悪さがわいてくるのは、仕方がないことだろう。
「……ラビ、ちょっと向こうで遊んでて」
「や。みてるほうがずっとたのしいさ」
「勉強してるだけでしょ、ほら向こう行って」
「やー!」
ひょいと持ち上げてそのまま手を離すと、見事にべちゃりと床に落ちた。
ちょっと痛そうな音がしたけど、そこらへんはまあ大丈夫だろう。うん。
こう見えても、ラビは結構運動神経がいいし。
「ギャン!」
「ごめんねー、これが終わったら遊んであげるから」
5日後のゼミに必要なレポを仕上げないと、おちおち遊んでもいられないんだよ。
春休みでもゼミは関係なしにあるから(それを知った瞬間教授を呪い殺したくなった)、やるべきことはやっておかなければ。
「、ひどいさ……」
「はーいはいはい、泣き真似しない。あと2時間ぐらいで終わるから」
しくしくと泣き出したラビを放置していたら、いつの間にか泣き声が聞こえなくなっていた。
よしよし、ようやっと駄々をこね終えたか。
満足して振り向くと、ラビはどこにもいなかった。
どうしたんだろう、玄関から外には行かないようにしつけてあるから、その点に関しては問題ないと思うけど。
「ラビー?」
いつもなら呼べばすぐに返事が来るのに、その気配がない。
「ラビ、どこ?」
あれ?
「ラビ?」
どこにいるんだろ、こんなに呼んでも来ないなんて……。
珍しいと思いながら周りを見回しても、ウサギ耳の影も形もない。
どこに行った?
脚立の上にはもちろんいない、キッチンにもいない、ソファの上にもいない。
植木鉢の影にも、テーブルの下にも、カーテンの裏にも。
この部屋から出られるわけがない、だってノブはあんなに高いところにあるのだから。
それならば一体、どこに行ってしまったの?
嫌な予感がじわりじわりと背筋を這い上がる。
幻みたいに消えてしまったんじゃないかなんて、そんな。
「 っ、ラビ!!」
必死に辺りを見回して、最後に行き着いたのは窓の外。
鍵がかかっていないことに気づかなければ、多分ずっと可能性からは外していただろう。
「ラビ」
ごちゃごちゃと植木鉢が置かれたその隙間に、ひっそりと揺れる白い耳。
それを見つけた瞬間、思わずへたりこみそうになった。
「ラビ、そんなところにいない っ!」
声をかけるために1歩近づいて、ラビの体勢に息をのむ。
「ラビ!!危ないからやめなさい!!」
人間には丁度いい手摺りの間隔も、子猫サイズのラビには大きすぎるほど大きい。
棒と棒の隙間に身体をすっぽりと入れて、かろうじて下の横棒をシートベルト代わりにして、ラビは真っ赤な目と鼻をして座っていた。
「……や。だって、もうおれはじゃまなんっしょ?」
「邪魔じゃない。じっと見られてると落ち着かないだけ」
「じっとみてたから、おれのこときらいになったんさ……」
「嫌ってない。後で遊ぼうって言ったでしょ?」
「……おれ、すてられちゃうんさ……」
ぐしぐしと泣き始めたラビは、拗ねているというよりも、すっかりネガティブスパイラルに陥ってしまったようだった。
ため息を一つついて、ひょいと首根っこをつかんで引っ張りあげる。
「ラービ」
「……ー……」
ちょっと怖い顔をしてみせれば、元々涙目だったのがさらにうるうるとなった。
息を大きく吸って、どかんと一発。
「何であんな危ないところにいるの!落ちたら死んじゃうでしょ!?」
見つけた瞬間、心臓が止まるかと思った。
あんなところにいるなんて、誰が想像するだろうか。
落ちなくて本当によかった……!
「……ごめんなさいー……!」
私の表情がよほど怖かったのか、とうとうラビが泣き出した。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、鼻も目もさっき以上に真っ赤にして、必死に私にしがみついてくる。
「ごめんさーごめんさーきらわないでぇ……!」
「よしよし、泣くな泣くな」
抱きしめた身体は冷えきっていた。
もしかしてこのウサギ、私が無視してからすぐにここにきたんだろうか。
「ごめんー……」
「もう怒ってないから。泣くなって」
「、おれのこときらいじゃない?」
「嫌いじゃないよ」
ぽんぽんと背中を叩いてやると、しばらくしてようやくしゃくりあげる声が収まってきた。
「ラビ、いつからあそこにいた?」
「……わかんない」
「こんなに冷えちゃって……何でこんなになるまで外にいたりしたの」
「だって、がじゃまだって……」
ぐし、と鼻をすするラビの頭をくしゃりとなでて、どうしたものかとため息をつく。
「……ごめんね、ラビ」
そっとささやくと、ぴくりと反応したラビが涙目で見上げてきた。
「……おこってない?」
「うん」
「きらいじゃない?」
「うん」
「おれ、といっしょにいていい?」
「うん」
「えへへへへぇ……」
へにょりと笑ったラビが、真っ赤な目で額をこすりつける。
後でマッサージして冷やしてあげないと、明日酷いことになるな、こりゃ。
「レポ終わったから遊ぼ」
「ん!!」
今泣いた烏がもう笑った。
満面の笑顔を浮かべたラビに苦笑して、ぽんと1つ背中を叩いた。
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