雲行きが怪しくなってきた空を眺めながら、今日は雨かと顔をしかめる。
洗濯物は乾燥機に入れなければいけないかもしれない。


「ラビー、窓閉めてくれる?」


小さな身体で器用に手伝ってくれるラビに声をかけても、何故か返事が返ってこなかった。


「ラビ?」


眉を顰めてもう一度呼んでも、やっぱり返事がない。
今度は一体どうしたんだとリビングに出向いて。




「…………何やってるの」




思いっきり呆れた。


ソファーの片隅でクッションに頭を突っ込んで、ぶるぶると震えているラビ。
わが子(と言うには語弊が多すぎるけれど)ながら、情けない……。


「……ー……」


ガクブルと震えながら頭の上のクッションをほんの少しだけ除けて、ラビがか細い声を出す。
目には今にもあふれそうなほど涙をためて、まさにウサギ目だ。


「どうしたの?」
「か、か、かみ、かみピギャァッ!!


窓の外が一瞬光る。
と同時にものすごい悲鳴があがり、どうしてラビがあんな奇行をしていたのかがわかった気がした。


……怖かったわけか、雷が。


尻尾までぶるぶると震える身体を抱き上げると、もう電池で動いているんじゃなかろうかという震えようだ。


「ラビ、まだ雷は鳴ってないでしょ?」
「やぁ、やぁー……!」


ひぃんと泣きつくラビを抱いて、さてどうしようと眉を下げる。

あいにくと、外が見えないような部屋はない。
一応洗面所という選択肢はあるけれど、さすがに長時間あそこに籠っているのは遠慮したかった。

これはもう、ラビに我慢してもらうしかないだろう。


「ラビ、部屋に行こう?」


窓が小さい分、リビングよりは迫力もないはずだ。


「うぅぅ…………」


怖いとしがみつく力はかなりのもので、後で皺がくっきりと残りそうなほど。
適当にあやしながらベッドに座り、せめて光が見えないようにと壁になってあげる。


「ほら、まだ音は小さいでしょ?」
「やー!!」


外を見せようとした瞬間に暴れるから、どうしようもなくて抱く腕に力をこめた。


「ラービ。大丈夫だから」
……」


こわいよぉ、と涙目で頭を押しつけるラビは可愛いけれど。
これはもしかして、雷がやむまで何もできないんだろうか、私。

洗濯物を小物干しから外して、乾燥機にかけて、お米もとがなきゃいけないし、まだ夕飯の下ごしらえもしていない。
あれとこれとそれとと、やるべきことが次々に思い浮かんで、少しだけげんなりする。


「怖いね、雷だものね」
「うぅぅぅ……」


ひっしとしがみつくラビは、もう泣いていた。
顔が見えないからよくわからないけれど、多分間違いない。


「もうやだー!」
「はいはい」
「こわいー!!」
「はいはい」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「はーいはいはい」


よーしよしと適当にあやしていたら、服に鼻水をつけられた。
思わず柔らかいほっぺたをつねりたくなるけれど、我慢我慢。

相手は号泣している阿呆ウサギだ、鼻水も仕方ない。


「怖くない、怖くない」
「こわいぃぃぃぃぃ!!」
「怖くないって」












雷が光って鳴る度に大泣きするラビをなだめていたら、すっかり夜になってしまった。
……明日のゼミの課題、どうしよう……。
最近ちっとも進んでいない論文を思い出して、思わず重いため息が出る。


いや、ね?
就職先はさっさと手に入れたから、もういいんだけどね?
ラビを放ったらかして、精力的に動いた甲斐はあったんだけどね?


卒論が書けなきゃ、もちろん卒業できないわけですよ。


端から卒論を書かないっていう選択肢もあったけれど、大学生になったからには、やっぱりきちんと成果を残して卒業したい。
参考文献も読んではいるけれど……なかなか形にならなくて、ついいらいらしてしまうことも多かった。


「ラビ。私、ちょっと勉強す   


手を離しかけて、ラビの顔を見てぎょっとする。
目をうるませて、思いっきり無言の訴えをしてきていた。


「……」
「……」

「…………」
「…………」

「………………」
「……………………膝の上、乗ってていいから」
「ん!!」


負けた。
無言の攻防に、完膚なきまでに負けた。


涙目で必死にうなずくラビがしがみついてきて、こりゃ今日もはかどらないなと覚悟する。
もうそろそろ、卒論のテーマを提出する時期だ。
何をテーマにしたものか……。


フジツボのようにひっしと抱きつくラビをぼんやりと見ながら、あてもなく借りてきた参考文献をぱらぱらとめくる。


うーん……どれもいまいち。
ぴんとくるものがないと前髪を乱すと、小さな手が顔に触れた。


、くるしいん?」
「え?」


どうしてそんなことをいうのかと首を傾げると、ラビが大きな目でこちらを見る。


「だって、くるしそうなかおしてるさ」
「……そう?」


焦りがそこまで顔に出ていたのか。
ラビに心配されるようじゃ、私もまだまだだと苦笑する。


「大丈夫だよ。何を書こうか、迷ってるだけだから」
「くるしくない?」
「ないない」
「ほんとさ?」
「ほんとほんと」


心配そうに見上げてくるラビに笑うと、ようやく安心したように笑った。


、げんきだすさ!」
「はーいはい、とりあえずテーマ決めたらね」
「てーま?」
「そ。何を書くかってこと」


あからさまにわかっていないラビに噛み砕いて教えると、ぱっと顔を輝かせる。


「おれのこと!」
「それは無理。卒論っていうのは、そんなに簡単なものじゃ   


待てよ?


大きな目を輝かせているラビをじっくりと見て、いけるかもしれないとうなずく。

『子供との触れ合いと母親の役割意識及び経済観念における関連性』

……これ、案外おもしろいものになるかも。
母親ではないけれど、保護者という点では一緒だろう。


後は調査をして、文献集めて……。
せいぜいラビにも役立ってもらいましょう?