ユウがうちにきてからしばらく経って、ようやくちょっとは慣れてくれたかな?と思えるようになってきた。
躾もちゃんと成功したみたいで、ご飯の時のマナーも完璧だ。


うんうん、やっぱり人間たるもの、命をいただくご飯はきちんと食べなきゃね!
食べられてくれるものに失礼だもんね!



「ん?どしたの、ユウ」


満足してうなずいていたら、くいと裾を引かれた。
みればユウが、不満げな顔でこちらを見上げている。


「むしすんなよ」
「あ、何回も呼んでた?ごめんごめん」


思いっきり不機嫌ですと顔に書いてむくれるユウも可愛いよ!
とか思うあたり、私もたいがい親馬鹿になってきたみたいだ。


「どうしたの?」


ご機嫌をとるわけじゃないけれど、小さい子と話すと自然に目線を合わせるためにしゃがんでしまう。
猫サイズのユウに合わせるには、ちょっとばかり姿勢が苦しくなるけど…。

いつものようにしゃがみこむと、ユウはふてくされた顔でぼそりと呟いた。




「……ひま」
「……うん?」




何ですと?


思わず笑顔のままで小首を傾げると、さらにむすっとした顔で訴えられる。


「ひま!」


暇。


これはつまり、あれですか。
自分が暇だから遊べというわけですか。


「私は暇じゃないんだよね、残念ながら」


私にはこれから買い物に行くという重大任務が控えている。

週に1度のタイムサービス!!
これを逃してどうするの!!


「だから、ユウとは遊べません」


これだけは譲れない!と言ってみせると、途端にユウの顔がさらに不機嫌に歪んだ。


あーあー、可愛い顔がだいなしだよ。
つんとふくれた頬をつついたら、さらに機嫌を損ねたみたいだ。


のばか!」
「じゃあ、ご飯食べられなくなってもいいのね?今日のお買い物で、1週間分のお野菜買いだめするつもりだもの」


遊べるなら遊んであげるよ、ユウ。
けれど、生活がかかっている買い物だけははずせない。

もう知らない!とばかりにくるりと背を向けると、背後が急に静かになった。


何だ何だ?
いつもならここで、あらんかぎりの怒声が飛んでくるのに……。

……ま、いいか!


もうすぐタイムサービスが始まる時間だし、もたもたしてはいられない。
お財布の中身を確認して、さっさと家を飛び出した。












「何がいいかなあ……」


小さい子供にも骨が取りやすい魚、魚。
やっぱり鮭?ああでも、今日は白身魚が食べたい気分。


「うーん……」


結局カサゴとししとう、それからサラダ用のじゃがいも。
他にも色々買い込んでこれだけの値段なら、今日のお買い物もまあ成功かな?

ずっしりと重い買物袋(エコバッグ)(だってエコバッグ持ってってスタンプ押してもらうと、20個で100円引きになるんだもん!)を両手に下げて、気分も上々だ。


「ただいまー」


アパートの鍵を開けてそう声をかけても、珍しく返事がない。
いつもなら玄関までお出迎えがあるか、そうでなくても返事くらいはあるのに……。


「ユウー?」


あの身長では脱走は完全に不可能だし、その心配はないんだけれど。
ああ、でも、庭に生えてる木によじ登れば、あの子なら塀ぐらいはクリアできるかな?


……やばい、ちょっと不安になってきた。
アパートの1階だと、こういう時に困るんだよね!

ちょっぴり焦りながら靴を脱ぎ捨てて、テーブルに荷物をどさりと下ろす。


「ユウ?出ておいでー」


おやつだよーと呼びかけても、一向に出てくる気配がない。


あれ?
おかしいな、いつもならむっつりした顔でものそのそやって来るのに。


「ユウー?ユウー、どこいったー?」


とりあえずおざなりに呼びながら、野菜を冷蔵庫に放りこむ。
代わりに昨日焼いておいたマドレーヌを取り出して、アールグレイのお茶っ葉をポットに入れた。
3分の砂時計をひっくり返して、と。


「ユウ、準備できたからほんとにおいで」


どうせそこらでふてくされてるんだろう。
そう思って声をかけても、やっぱり返事は返ってこなかった。

これはさすがにおかしいぞ。

ちょっぴり不安になって、襖で仕切られている奥の部屋へ。
いなかったらどうしようと内心ばっくばくだったけれど、隅っこの方でちんまり体育座りをしているユウを見つけてほっとした。


「ここにいたの?」


おやつだよと笑いかけたら、ふいと顔をそむけられる。
どうやらご機嫌はものすごく斜めっているようだ。


「ユウ、おやつは?」
「……いらない」
「そんなこと言わないの。ほら」


抱っこしようと腕を伸ばしたら、その手を素早くがりりと引っかかれた。


「った……!」


やばい、今のはちょっと深かった。
びりびりとしびれるように痛む傷口から、見る間に赤い液体が盛り上がってくる。

思わず顔をしかめて手を引っこめると、ユウが一瞬はっとした表情になった。


「……っ!」


それでもまた、意固地な表情で横を向く。
いつにないかたくななその様子に、本当に寂しかったんだとわかった。

ひねくれてるから素直に寂しいって言えないだけで、ユウも小さい子だもんね。
多少の我儘はあって当然かと、今更ながらに苦笑する。


構ってもらいたくて、でも意地を張っちゃって。
それを言ってくれるほど心を許してもらえているのかと思ったら、傷の痛みも許せちゃう気がした。




「……ユウ、ごめんね?」




ためしに謝ってみたら、小さな肩がびくりと震える。
ますますそっぽをむく顔を見ながら、あーこれは図星かなあとのんびり考えた。

まったくもう、素直じゃないんだから。


「最近あんまり遊んでなかったもんね、それが寂しかったんだよね?」
「さびしくなんかない!」
「嘘ばっか。拗ねてるだけのくせに」
「うるさいばか!」


ちょっぴり涙目のユウに手を伸ばしても、今度は引っかかれなかった。


「ごめんね、おやつ食べよ?」
「……ん」


ぎゅうと抱きついてきたユウの背中をぽんぽんと叩いて、リビングに戻る。



紅茶はちょっと蒸らしすぎたから、もったいないけれど全部捨てて。
代わりにユウにはオレンジジュース、私はアイスコーヒー。

おいしそうにもきゅもきゅと食べるユウを見ているだけで、こっちまで嬉しくなるから不思議だ。


「おいしい?」
「ん!」


元気いっぱいにうなずいたユウは、ふと気がついたように精一杯こちらにむかって手を伸ばした。


「……いたいか?」
「ん?ああ、そりゃあまあ痛いよ」


さっき思いっきり引っかかれた手の甲は、救急絆創膏じゃカバーしきれなくてガーゼで押さえてある。
見た目が随分派手になっておおげさだから、個人的にはガーゼはあんまり好きじゃないんだけど。
ちらりとその傷を見たユウは、しおしおと耳を垂れさせた。




「……ごめんなさい……」




ちいさく呟かれた謝罪に笑って、手触りのいい頭をくしゃりとなでる。


「反省してるならそれでいいよ。もうしちゃいけないんだって、わかってるでしょ?」


訊けばこくりとうなずいたから、それでよしとうなずいた。
ユウは頭のいい子だから、一回しちゃいけないとわかったら絶対に繰り返さない。
手は痛いけど、そんなユウがちょっぴり誇らしくて嬉しかった。