「いいじゃない、ね?」
「やだ!」
ちょっとお願いしているだけなのに、ユウはかたくなにかぶりを振るだけ。
「ねえ、ユウー」
「やだ!!」
お願いする度に、ユウの不機嫌メーターがずんどこ上がっていくのがわかる。
それでも、どうしてもこのお願いを聞いてほしいのだ。
「ちょっとだけでいいから、ね?」
「ふざけんな!」
せっかく綺麗な顔をしてるんだもの。
「女の子用の服着るくらいいいじゃない!」
「よくないばか!」
がうとばかりに噛みついて、ユウはすっかりむくれてしまった。
けれど、せっかく奮発して買ってみたのだ。
黒髪に何が似合うかって一生懸命考えて、桜色の小紋を作ってもらったんだもの。
……上のおばあちゃんが和裁をやってる人でよかった。本当に。
良心価格で作ってもらえた。
「ね、お願い!」
「やだー!!」
思いっきり拒否したユウは、めいっぱい威嚇をしながら跳びずさる。
そのまま一気に庭まで下りて。
「 のばか!!」
木をつたって脱走し た 。
「……ユウー!?」
ちょっと、よりによってそっちに逃げるの!?
こう見えてもユウは箱入りに育ててるから、今までろくに外に出たことはない。
少なくとも、私と暮らすようになってからは、数えるほどしか出ていない。
ということは、この辺の地理にはうといどころの話じゃなくて 。
「迷子確定じゃない!」
慌てて小紋を放り出して、トレンチを引っ掴んで外に飛び出す。
ユウが猫並みにすばしっこいのは充分承知しているけど(なんてったって猫耳猫尻尾だ)、何もこういう時にまでその速さを披露しなくてもいいんじゃないだろうか。
影も形もない小さな姿を思い浮かべて、その場にうなだれたくなった。
「どっち行ったんだろう……」
全然わからない。
途方に暮れながらも、とりあえず探さなければと歩き出す。
私が思いつかないようなルートも、ユウの大きさならきっと普通の道になる。
だから余計に、どうやって逃げたかがわからなくなってしまう。
家の周りからしらみつぶしに歩いて、少しでもユウの痕跡がないかを探した。
「ユウー?」
低い垣根を覗きこんだら、髪の毛が絡まってひっかかってしまった。
「痛っ……」
慌てて下がろうとしたら、さらに絡まってどうしようもなくなる。
みじめな気分になりながらごそごそと外し、ひりつく頭皮をなでて歩き出した。
どこに行ったんだろう。
無駄に動き回るような子じゃなかったから、ここらの地理は全然わかっていないはずなのに。
どこかで何かに巻き込まれていないか、急に心配になってきた。
……見た目は超一級だから、変な人に見つかったら大変だ。
早く見つけなきゃ!!
焦りばかりがつのっていって、一向に見つからないことに泣きたくなる。
「ユウ!」
半泣きで呼んでも、ちっとも返事は返ってこない。
近くの公園の茂みを探して、細い道を全部歩いて、樹の上もひとつひとつ覗きこんだ。
脚が痛くて、手も傷だらけ。
あんなに嫌がるなら、面白半分で着せようとするんじゃなかった。
「あら、ちゃん。何か探してるの?」
「あ……」
お向かいのおばさんに声をかけられて、慌ててにじんでいた涙をぬぐう。
「あの……猫、みたいな子を探してて……」
「あらあら、小さな子?」
「はい……」
「迷子っぽい子がいたら、おうちに連れて行くわね」
一旦家に帰りなさいと肩をなでられて、一気に疲れが押し寄せた。
「ずいぶん疲れた顔してるわよ」
「……はい」
棒みたいな脚を引きずりながら家に帰ると、しんと静まり返った部屋の中がやけに寂しかった。
「……ユウ……」
我慢していた鼻をすん、とすすって、ティッシュで涙を拭く。
「ちょっとやりすぎたなあ……」
でも本当に、ユウならものすごく似合うと思ったのだ。
反物の分だけだけど、かなりのお値段を出せたのも、それだけ出してもいいと思えたから。
……うん。
ちょっと、この1ヶ月の生活、苦しくなったけど。
実質1人暮らし半みたいなエンゲル係数だけど、バイト学生だから結構厳しいものがある。
「それでも、可愛いんだもんねえ……」
せっかく作ってもらった着物、どうしよう。
ちゃんと揃えて買った帯と一緒に、ひとまずドレッサーの一番下に入れておくかと立ち上がる。
立ち上がって、外がずいぶん暗いことに初めて気づいた。
……雨戸、閉めようか。
でもそれだと、万が一ユウが帰ってきた時に、入れなくなってしまう。
しばらく悩んだけれど、やっぱりアパートの1階で戸締まりなしは怖い。
あの子なら、帰ってきたらノックするなりなんなりで知らせるだろう。
そう信じて雨戸に手をかけて。
「 ユウ?」
縁側から庭に下りる石の横、ちょうど死角になるところに、ユウがちょこんと座っていた。
「……はら、へった」
「 いつ、から、いたの?」
「 はらへった!!」
しなやかにジャンプをして部屋に入ると(靴はちゃんと石の上に揃えて脱いでいた)、ユウはさっさと洗面所に行ってしまう。
さらさらだった髪があちこち絡まっていて、ユウの通った道が何となく想像できた。
自分も手を洗っていなかったことに気いて後に続くと、脚立を踏み台にして器用に手を洗っているユウが気まずそうな表情になる。
「コップ、取れないの?」
ほんの少し手が届かなくて、いつも私が渡しているコップ。
今もそうかと訊くと、小さくかぶりを振った。
「……ただいま」
「あ、うん、お帰り」
一体どうしたんだろう。
習慣でコップを渡しながら返事をすると、さらにちらちらと鏡越しに視線をよこされる。
ひとまず櫛でユウの髪を梳かしながら首を傾げて見せると、慌てたようにそらされた。
脚立から飛び下りたユウと交代して手を洗う。
なかなか泡立たなくてちょっといらついたけれど、そんなに手が汚れていたことに驚いた。
この手で小紋に触らなくてよかった……。
まだテーブルに置いたままの着物を思い浮かべてほっとしていると、足元に温かいものがしがみついた。
「どうしたの?」
「……きもの、やだ。でも、、ないただろ?」
だから、ごめん。
心配かけてごめんと、脚に顔を埋めたまま呟いたユウは、多分私が鼻声になっていたことを知っているんだろう。
タオルで手を拭いてからユウを抱き上げると、目をそらしたままぽつりと呟かれた。
「 いっかいだけなら、きてもいい」
「ほんと?」
彼なりのかなりの譲歩に、踊りたくなるほど嬉しくなる。
「いっかいだけだからな!」
「うんうん、わかってる!」
そうと決まった次の日、おばあちゃんから仕立てついでに一緒に習った方法で、さっそく着付けていく。
「ええと……帯はこうやって、帯紐通して……」
最後に余った手を中に押しこんだら、最後の仕上げを。
髪の毛を2つに分けてアップにして、軽く巻いてふんわりと散らす。
存在を主張する耳を隠すようにセットすると、さらに黒の髪飾りで目立たないようにした。
我ながらなかなかの出来栄えに満足して、大きくうなずく。
「これなら、一緒に外に行けるでしょ?お尻も窮屈じゃないように着付けたし」
「、それで……?」
「ずっと家の中だと、やっぱり健康に悪いしね。閉じこめっぱなしも嫌だなって思ってたの」
目を見開いたユウにそう笑うと、頬を赤くして目をそらされた。
「……なら……」
時々は着てもいいと、拗ねたように言ったユウは、格好と相成ってものすごく可愛かった。
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