ぴんぽーん、と間抜けなインターホンが鳴っても、もう身構えない。
そうなるくらいには時間が経ったし、ユウがそうさせてくれた。


「あいつがきたら、においでわかる」


飛び出してひっかいてやるのだと息巻くユウをなだめながらも、嬉しかったのは秘密だ。


人を傷つけるのは、どんな理由だろうとも倫理的にいけない。
そこら辺はきっちりと教えておかなければ。


さーん、宅急便でーす」
「はーい」


聞こえた声も、全然違う人のもの。
安心して鍵を開けたのも、当然のことと言えるだろう。

がちゃりと音を立てて、比較的薄いドアを開ける。




「お疲れさ   っ!?」




荷物を受けとろうと笑顔で出迎えた瞬間、男の人が勢いよく押しかけてきた。
その手には荷物なんかない、ただの手ぶらだ。


「な   誰!?」
「やっぱり女の一人暮らしか……わかりやすくていいよなあ」


そのままのしかかられてバランスを崩し、玄関にしたたか背中を打ちつけてしまった。
あまりの衝撃に、一瞬息が止まる。

右手に持っていたシャチハタが、すっぽ抜けてどこかにあたった。
かつりという固い音が、他人事のように遠くに聞こえる。


痛みをこらえていると、耳元で嫌らしく笑った男の声が聞こえた。


「不用心だなあ……だから俺もやりやすいんだけど」
「や……っ!!」


しまった、今日スカート……!
ルームパンツにしておけばよかったと思いつつ、下がってくる男の手に必死に抵抗する。


嫌だ、こんな男にこんな風に触られるの、絶対に嫌だ!
助けて   助けて!




「ユウっ、ユウ   !!」
   っ!!」




奥に向かって必死に叫ぶと、文字通りユウがすっ飛んで来てくれた。
一瞬で何が起きているのかを判断したらしく、小さいけれど鋭い爪がきらめく。


「こいつ……!」
「ぎゃ!」
からはなれろ!」


がりり、がりり。


何度も何度も小さな腕が振り上がる度に、男の顔や腕に深い引っかき傷ができていく。
血がにじむどころか流れている部分もあるそれに、ユウの本気が見えた。


「でてけ、へんたい!!」


一際大きく振りかぶった腕が男の頬にヒットしたのを最後に、男がよろりと立ち上がる。
また何かされるのかと思わずびくりと反応すると、ユウが両足で踏ん張った。

けれど、尻尾まで逆立てて臨戦態勢のユウと目が合った男は、変な悲鳴をあげてまろぶように逃げて行く。
あまりのあっけなさに、しばらくぽかんと見送ってしまった。


「……行っちゃった」
「もうくるな、へんたい!!」


きしゃあと吼えたユウが、肩で息をしながら振り返る。


、へいきか?」
「……うん」


ありがと、と笑って返すと、何故か怒ったような顔をされた。

一体どうしたんだろうか。
まさか、さっきのでユウの方が怪我をしたとか……!


「ユウは!?何ともないの?」
   ばか!」


柔らかい頬に両手を当てて上を向かせると、今度こそ怒った声と共にぺちりと腕を叩かれた。
どうして私が、ユウに怒られなければいけないんだろうか。

玄関のドアを開ける時にはもっと注意しろということだろうか。
ぼんやりと考えていると、ユウの顔が泣きそうに歪んだ。




「なけばいいって、いっただろ!!」




泣きそうに、怒ったように、強く言葉が投げつけられる。
この間と同じ言葉に、思わず瞬いてしまった。
ばか!ともう一度怒られて、小さな手が一生懸命に伸ばされる。


「そんなへたなわらいかた、みてるほうがやだ!」
「……私、笑えてない?」
「だから、そういってるだろ!」


泣けばいい、怖かったくせに。


届かない手をもどかしそうに動かしながらユウに言われ、勝手に涙があふれてきた。




「……うん。怖かった」




怖かった。

あの時に思い知ったはずなのに、やっぱり全然敵わない力の差が怖かった。
どうなってしまうんだろうと、心底怖かった。


一旦認めてしまえば後は簡単に全部崩れて、ユウを抱き寄せてぼろぼろ泣く。
腕の中の温かさが私を守ってくれたのだと、改めて実感する。


こんなに小さいのに。
こんなに幼いのに。

ちゃんと私を守ってくれたのだ。


そう思うと、さらに泣けてくる。


「ごめんね……私、もっとしっかり、するから……」
「べつにいい」


泣きながら呟くと、ぶすくれたような返事が返ってきた。


はそのままで、いい」
「でも……」
「おれがまもるんだから、はそのままでいい」


しんぱいすんな。


もぞもぞと動いていたユウがようやくというように両腕を出して、しがみついてきた。
   違う、抱きしめてくれた。


こんなにいい子にこんなに好かれているんだと、何だか無性に嬉しくなる。


怖さはまだ残っているけれど、きっと大丈夫。
小さなこの身体を抱きしめれば、ぬくもりに上書きされていくだろう。

柔らかくてつやつやの頬に自分のそれをすり寄せて、小さく息をついた。